第7話 黒間先輩の疑問
「やっぱり気になるんだよなあ」
「何がですか、先輩?」
とある日の放課後。
幽子とモルガナ、黒間先輩はいつも通りオカルトサークルの部室にいた。
厳密に言うと、この部活は学校側に認められていない。
なので、幽子と部長の黒間先輩は、今は使われていない旧校舎の一室を、勝手に部室に魔改造したのであった。
とはいえ、「旧校舎のボロさのほうがオカルトっぽいし、人目につかないほうが都合がいい」とは黒間先輩の弁である。
それはさておき、黒間先輩には疑問があるようだ。
「枯尾花さんの言う召喚方法さ、何度考えても『そんな方法で召喚できなくない?』としか思えないんだよね」
「ああ、前も言ってましたね、それ」
「ちょっとどうやったのか見せてくれない?」
ということで、黒間先輩にお披露目するついでに、幽子とモルガナもおさらいすることになった。
「えーっと、まず、魔法陣を書きました」
幽子が記念にスマホで写真に撮った、模造紙にマジックペンで書いた魔法陣を見せる。
「ふんふん……この書き込み、何?」
「可愛いので書き足しました」
「可愛いから。ふーん」
黒間先輩は幽子のスマホの画面をしげしげと見つめた。
「それから、この魔導書を使いました」
カバンから取り出した書籍を先輩に渡す。
黒間先輩は魔導書を手にとって、革の表紙を撫でた。
ページを開き、パラパラと軽く確認する。
「あ、マジで本物だ。どこで手に入れたのこれ」
「ネットオークションで落札しました」
「ネットオークション」
「なくなったおじいさんの蔵にあった洋書を出品しますって。送料込み3980円」
「ふーん。サンキュッパで悪魔を」
「思い返すと屈辱なんですけど」
モルガナはしかめっ面で、椅子に座ったまま、足をブラブラしていた。
名門ベルフェリア家の令嬢をサンキュッパで召喚。
魔界側に知られたらとんでもない大事件である。
「で、儀式は何時頃?」
「深夜の二時くらいですかね」
「あ、それはちゃんとしてるんだ」
「そういえば、モルガナは授業中に召喚されたって言ってたけど、魔界って深夜に学校があるの?」
幽子の疑問に、モルガナは自分の足から視線を上げる。
「おそらく、人間界と魔界に時差がありますね。私が授業を受けていたのは昼の二時頃です。だいたい半日程度の誤差があると見て良さそうです」
「ふむふむ。昼間っから学生が行方不明になってたら、今頃魔界は大騒ぎだろうなあ」
事実、魔界側では大捜査線が展開されているが、この三人が知る由もない。
「あとは、儀式の内容が気になるな。触媒とかはどうしたの?」
「触媒? ってなんですか?」
首を傾げる幽子に、黒間先輩は「えっ」と声を漏らした。
「召喚するときにさ、用意するでしょ触媒。召喚しやすくするために」
「そうなんですか?」
幽子はあまりピンときていない。
「……ってことは、触媒も用意してない、と。マジでどうやって召喚したの?」
「えっと、『サラダアブラ・メンチカツラ・アブラハム・リンゴーン』って感じの呪文を……」
「……」
黒間先輩は目をパチパチさせている。
モルガナは頭を抱えていた。
「うう……。こんなの、私を敬愛してくれている後輩たちに聞かせられません……」
「流石に同情する」
黒間先輩はモルガナの肩をポンと優しく叩く。
モルガナは両手で顔を覆ってしまった。
「それでまあ、結果から言うと――」
黒間先輩は難しそうな顔をしている。
「――魔法陣もおかしい。呪文もおかしい。こんな方法でモルガナさんほどの高位の悪魔が触媒無しで召喚されるのもおかしい」
「ですよね!?」
モルガナはやっと理解者を見つけて、「自分がおかしいわけではないのだ」と安堵の息をついた。
「正直言って、意味がわからない。こんな事実を魔術師が見たら泡吹いて倒れるよ」
「え、じゃあなんで私、モルガナを召喚できたんですか?」
「こっちが知りたいんだよね、それは」
黒間先輩はあくまでも冷静な様子で、顎に手を当てて考え込んでいる。
やがて、彼女はある方法を試してみようと思い立った。
「……モルガナさん。枯尾花さんの魔力量の測定とか、できる?」
「え? ええと、専用の測定機があれば出来ますが、今は設備がないですね……」
「そっか。じゃあ、ちょっと手荒な方法になるけど……」
黒間先輩は幽子とモルガナを見据える。
視線は、二人の唇に吸い寄せられていた。
「モルガナさん、ちょっと枯尾花さんの魔力を吸い取ってもらえるかな」
「え?」
「え!?」
幽子はキョトンとし、モルガナはサッと顔を赤らめる。
モルガナは即刻抗議した。
「あ、あのですね! キスって人前ですることじゃないんですけど!」
「なんで悪魔のほうが恥ずかしがってんの。ただの食事でしょ」
「そ、れは……そうなんですけど……」
モルガナはモニョモニョと口の中で呟きながら、もじもじと指をいじっている。
その様子を見て、黒間先輩は「本当にこの子、サキュバスなのかな?」と内心首を傾げた。
「黒間先輩、それでなにか分かるんですか?」
「分かるかもしれないし、分からないかもしれないよ」
「よし、じゃあやろう!」
「ええっ!? なんでですか!?」
意外と乗り気な幽子に、モルガナは素っ頓狂な声を出す。
顔を真っ赤にし、羞恥心から若干の涙目。
「なんで幽子はこんな胡散臭い女の言うことを信じるんですか!」
「わお、ひどい言い草」
モルガナの暴言に、黒間先輩はしかし、機嫌を損ねる様子もない。
幽子はモルガナの説得に入った。
「でもなんか分かるかもしれないし」
「分からないかもしれないとも言ってましたよね!?」
「でも可能性があるなら手を伸ばしたいじゃん?」
「なんでそんな妙にポジティブなんですか!?」
幽子とモルガナはしばらく口論していたが、やがてモルガナが根負けしたらしい。
顔をうつむけるが、耳が真っ赤なので照れているのがバレている。
「……あの、黒間さん」
「うん」
「……キスはするので、幽子と二人で席を外してもいいですか」
「ごゆっくり」
一旦、幽子とモルガナが部室を出た。
黒間先輩は席に座ったまま、じっと待つ。
十分後、二人は戻ってきた。
「先輩、これでなにか分かるんですか?」
「モルガナさんに聞きたいんだけど」
「はい?」
「……枯尾花さんの魔力、吸いきったことある?」
――モルガナの動きが、ピタッと止まる。
視線があちこちをさまよって、考えをまとめていた。
「……いえ。幽子の生気を吸いすぎて、体調を崩さないように配慮はしてました」
「でもさ、通常は魔力を吸われた人間って多少でも弱るでしょ。枯尾花さんにその兆候はあった?」
「……言われてみれば、この人、いつも元気なんですよね……」
モルガナと黒間先輩の視線が幽子を向いた。
当の本人は部室に常備されたおやつを食べている。
「――謎は深まるばかり、だね」
黒間先輩は意味深に微笑んでいた。
それを聞きながら、モルガナも不思議に思ったことがある。
――この黒間とかいう女、なぜこんなに悪魔や魔術に詳しいのだろう?




