第8話 モルガナを見つめるもの
「あの人、おかしくないですか?」
「黒間先輩のこと?」
黒間先輩がトイレに立ったあと、部室に残されたモルガナと幽子が、彼女について話す。
モルガナは眉をひそめ、小声で幽子に疑問を呈していた。
「なんか、やたらと悪魔について詳しすぎませんか?」
「オカルトサークルの部長だし、詳しいのは当たり前じゃない?」
「それにしたって、魔導書が本物とか、一目見て鑑定できるものなんですか?」
「うーん、どうだろ?」
幽子は呑気に首を傾げながら、部室に常備されているチョコを食べている。
部室に置かれているお菓子は、黒間先輩が手作りしたものだ。
モルガナは怪しすぎて手を付けていない。
「気になるなら本人に聞いてみれば?」
「呼んだ?」
「うわびっくりした」
いつの間にか、トイレを済ませた黒間先輩が戻ってきていた。
先輩は、ハンカチで手を拭きながら、部室の奥側にある席に戻っていく。
「西洋では『噂をすれば悪魔が寄ってくる』とか言うらしいけど、まさか悪魔本人が噂話をしているとはね」
黒間先輩が元の席につくと、モルガナはバツが悪そうな顔をしていた。
先輩は全く気にしていない様子だが。
「……つまり、黒間さんは悪魔ということですか?」
「うん? 違うけど」
「違うんですか……」
肩透かしを食らうモルガナ。
実際、彼女は黒間先輩の謎を解くカギは、その悪魔に対する知識量だと思っている。
――それこそ、黒間先輩が悪魔そのものであれば、説得力があるのだ。
「私はね」
黒間先輩は幽子が食べていたチョコを一粒つまんだ。
蛍光ピンクのコーティングを施されているチョコは、口の中で溶けると普通にイチゴの味がする。
「ただ、昔、一度『本物』に会ったことがあるだけだよ」
「――ああ、なるほど」
「んえ? 先輩、本物ってなんですか?」
「本物は本物だよ」
納得したようなモルガナと、チョコを口の端につけたまま黒間先輩を見る幽子。
黒間先輩は、いつものミステリアスな顔でチョコを口に含み、微笑むのみである。
「さて、この話はおしまい。私はいつも通り理科部にちょっかいをかけに行こうかと思うけど、君たちはどうする?」
「あ、私たちはこのあと、ちょっと用事があるので、お先に失礼します」
幽子はモルガナを連れて、部室をあとにした。
二人で旧校舎の廊下を歩き、玄関へと向かう。
「幽子、用事とはなんですか?」
モルガナは怪訝な顔をしていた。
彼女は幽子から、何も聞かされていない。
「ふっふっふ。これから私たちはね――」
幽子は口の端についたチョコを舐め取る。
蛍光グリーンのチョコは、抹茶の味がした。
「――モルガナのスマホを買いに行くよ」
――スマホショップ。
色とりどり、形も様々なスマホが棚に整列し、客を待ち構えている。
それらを、モルガナは不思議そうに見つめていた。
「……スマホ。幽子や人間の学生がいつも触っている、アレですね」
「魔界にはスマホ、ないの?」
「だいたい個体によって連絡方法が違いますからね……。手紙を使い魔に持たせたり、魔術やテレパスで念話したり」
「技術としては新しいのか古いのか、わかんないなあ」
幽子は首を傾げつつ、「モルガナが好きなデザインを選んでいいよ」と促す。
たくさんのスマホが、モルガナに迎えられるのを待っているように見えて、彼女は少し尻込みした。
「モルガナは好きな色とかある?」
「黒、紫、赤系統でしょうか」
「お、いいね。じゃあこのヴァイオレットとかどう?」
「綺麗ですね……。しかし、このスマホというものもお金がかかるのでは?」
「お父さんもお母さんも賛成してたから、お金は出してくれるし大丈夫だよ」
そもそも認識操作魔術で洗脳に近い形なのだが、両親のモルガナへの好意は本物である。
「それに、連絡手段がないと、色々不便でしょ?」
「それは、そうですね。では、厚意に甘えるとしましょう」
モルガナは頷いて、ヴァイオレットのスマホを手に取った。
店員が近づいてくる。
「ご家族ですか?」
「妹がスマホを買いに来たのに付き添いで」と幽子。
「いえ、私が姉です」とモルガナ。
「えっ」
「えっ」
二人で顔を見合わせた。
「ちょっとモルガナ、どういうこと!?」
「認識をいじって、私が幽子の姉ということにしたんです」
「なんで私がモルガナの妹なのさ!?」
「なぜって……今更疑問に思うところ、そこですか?」
「納得いかない! 私、妹ができたと思って嬉しかったのに!」
「別に、そんなのこだわらなくてもいいでしょう」
「じゃあ、モルガナが私の妹でもいいじゃん!」
「……それはなんか、嫌です」
「ほら~!!」
二人が言い争いをしているのを眼前に見ながら、店員は(どっちなんだ……?)と言いたげな顔をしている。
それはともかく、モルガナはスマホを手に入れた。
のちに確認したところ、二人とも同い年ということで、「二卵性の双子」で通すことにした。
スマホを入手して三日ほどで完全に使いこなせるようになったモルガナは、ネットで調べ物をしている。
「……やはり、人間界のスマホでは、魔界との交信は難しそうですね」
AIとやらに頼って降霊術なども尋ねてみたが、もともと人間の偏った知識しか学習していないので、誤った情報しか返ってこない。
ふう、とため息をついて、スマホの電源を落とした。
「……魔界に戻ることになれば、このスマホも手放すことになるのでしょうか」
それを考えると、少しだけ、さみしい。
……最初は魔界に戻ることだけを考えていたモルガナ。
しかし、幽子の優しさに触れて、少しずつ心を開いていった。
今は、あまり魔界に帰る方法を積極的には探していない。
実のところ、スマホで調べ物をして、魔界に帰る方法が見つからないと知って、安心している自分に戸惑っている。
「……でも、このまま人間界にとどまっていては、迷惑がかかってしまいますね」
いつまでも、枯尾花家にいてはいけないと思う。
幽子の両親の認識をいじって、洗脳に近い形で居候しているだけだ。
本来、ここに来るべきではなかった、招かれざる客。
だからこそ、早く魔界に帰らなければならない。
――でも、そのとき、幽子になんて話したらいいだろう。
そんな堂々巡りをしている。
モルガナは、もう一度、ため息をついた。
――モルガナは気付いていなかった。
そのとき、窓に彼女を見つめている存在がいたことに。




