第3話 図書館の悪魔
「え。本当に悪魔いたの?」
「いました」
翌朝、学校のオカルトサークル。
たった一人の部長、黒間先輩に報告すると、彼女は目をパチパチさせていた。
そして、祝福するように拍手を始める。
「すごいじゃん、おめでとう」
「ありがとうございます」
「え、いいな。どうやったの?」
幽子は昨日、モルガナに説明したことをそのまま繰り返す。
黒間先輩は怪訝な顔をしていた。
「いや……そんな方法で、普通召喚できなくない? 失敗して呪いを負うか、普通に召喚成立しなくて何も起こらないやつだよ、それ」
「でも出来ちゃいました」
「出来ちゃったんだ……」
「写真もあります」
モルガナとのツーショット(モルガナはもちろん嫌がっていた)を収めたスマホの画面を見せる。
黒間先輩は興味深そうに見つめていた。
「ははぁん……確かに角も翼も尻尾も確認できるね。本物なのかは写真だけだと断定できないけど」
「本物ですよ?」
「知ってる。枯尾花さん、こういうときに嘘つく子じゃないし」
幽子は、自分を疑わない人間が好きである。
黒間先輩に、満面の笑みを向けた。
「モルガナの許可が取れたら、今度連れてきますよ」
「それは助かる。色々気になることあるし」
「ところで先輩」
「ん?」
幽子は、黒間先輩に尋ねてみることにした。
もしかしたら、オカルト知識を持っているこの人なら、なにか知っているかもしれない。
「悪魔と契約切って、魔界に戻してあげるにはどうしたらいいですかね?」
「契約破棄なあ……」
先輩は顎に指を当てながら、遠くを見る。
その表情は、幽子には感情がうまく読み取れない。
「契約条件、明示してないなら、契約者の死……かなあ」
「そうですか」
契約者の死。
あまりに重い言葉。
それでも幽子は納得したような顔をしていた。
「早まらないでね?」
「え、なんでですか。私、普通に死にたくないですよ」
「聞いただけかい」
黒間先輩は苦笑いをしている。
幽子も微笑みを返し、部室に置かれているハーブクッキーに手を伸ばした。
「まあ、とりあえず、モルガナさんをこれからどうするかだよねえ」
「そうですね。喚んじゃったものはなんとかしなきゃだし」
「なんか、急いで戻さなきゃいけない理由あるの?」
先輩の言葉に、幽子は頷く。
クッキーをボリボリと噛んで、飲み込んでから、こう告げた。
「学校、通ってるらしいんですよ、モルガナも」
――モルガナの話は、幽子にとって興味深いものだった。
幽子はモルガナにねだって、魔界のことをたくさん聞かせてもらう。
未知の世界への興味関心は尽きない。
「すごい。魔界にも学校ってあるんだね」
「そりゃそうでしょう。魔界にも社会とかちゃんとありますよ」
お前は何を言っているんだ、という顔で、モルガナは幽子を見ている。
まあ、言われてみれば納得する話ではあるのだが。
「モルガナは、学校でどんな勉強してたの?」
「魔界の国立学校で、外交官になるべく勉学を重ねていました」
「おお、すごい。エリートだ」
「だから、私さっきから高位の悪魔って言ってるじゃないですか」
話聞いてたのか、と言いたげな目だった。
幽子は「えへ」ととぼけてごまかす。
「サキュバスってもっと、色仕掛けが得意な感じかと思ってた」
「あながち間違ってはいませんけど……。魅了による諜報、交渉、外交。そういったものを担当することが多いですね」
それは人間の抱くイメージと随分違った。
サキュバスの外交官。
幽子にはいまいち想像がつかないが、モルガナの夢を素敵だと思う。
「そっか、じゃあ早く魔界に戻れるようにしないとね」
「一応は、私を帰す気あったんですね」
「うん、まあ。事故みたいなもんだし」
「それは本当にそうなんですよね……」
モルガナから見れば、授業を受けている最中に突如の強制召喚。
魔力の薄い人間界で死にかける。
目の前には自分を召喚した女子高生しかいない。
遭難に近い、恐怖の光景である。
「で、モルガナはこれからどうする?」
「私はまず、この世界の情報収集をしたいと思います。この近くに図書館などありますか?」
「徒歩20分くらいのところにあるよ」
幽子がモルガナに図書館までの地図を書いてあげた。
その後、幽子は高校へ、モルガナは図書館へ、それぞれ別れたのである。
――放課後。
幽子は図書館へ向かった。
「モルガナ、まだいるのかな?」
何しろ、モルガナはスマホを所持していない。
母に電話したところ、まだ帰ってきていないとのことだった。
連絡手段がないのはなかなかやりにくい。
……が、図書館に入ると、案外わかりやすかった。
館内の一角、本を大量に積んだ机がある。
モルガナは、真面目に本を読んでいた。
「おつかれ」
小さく声をかけると、悪魔は振り向く。
「……ああ、あなたでしたか、契約者」
「捗ってる?」
「なかなか収穫はありました」
大量の本を返却台に置くと、二人は図書館をあとにした。
帰り道、モルガナは若干興奮気味である。
手振り身振りで、幽子に読んだ本の説明をし始めた。
「『テセウスの船』や『中国語の部屋』など、興味深い哲学問題がありますね、人間界」
「哲学書読んでたんだ」
エリート悪魔のお眼鏡にかなったらしい。
ただ、幽子の興味は別に向いている。
「で、魔界に帰る方法とかわかった?」
「魔導書もない普通の図書館でそこまで求めるのはお門違いでしょう」
「じゃあ、何のために図書館に行ったの?」
「ですから、人間界を理解するために……」
「哲学書で人間界わかった?」
「……」
モルガナはそっと目をそらす。
明らかに途中から本にテンションが上がり、目的を見失った悪魔の顔だった。
「モルガナって天然だよね」
「あなたにだけは言われたくないんですけど!?」
屈辱である。
そこへ、ぐうぅ~……と地獄の底から響いてくるような音がした。
幽子が見ると、モルガナは顔を真赤にしている。
「お腹すいた?」
「……」
「朝からずっと本にかじりついて、食事も忘れてたならお腹もすくか」
「……」
「じゃあ早く家帰ろう。今日の夕飯、ハンバーグだって」
「……あの、契約者」
「うん?」
「……私の食事、ハンバーグだと魔力が得られません」
「ああ」
そうだった、と思い出したような顔。
悪魔は人間の食べ物を摂取することはできる。
しかし、栄養は魔力からしか得られないらしい。
「でも、キスって人前でするものじゃないから、家に帰ってからね」
「……あなたって、そういう良識はあったんですね」
モルガナは、純粋に驚いたような顔をしていた。
「私のこと、何だと思ってるの?」
「デタラメな魔術で悪魔を召喚するトンデモ人間」
「ヤバい、否定できない」
幽子は思わず噴き出してしまった。
それをジト目で睨むモルガナ。
そんなやり取りをしながら、二人は帰路についたのである。




