闇医者
彼方はその場から動かない。されど雄生の体は、徐々に炎症を起こしている。彼は臨戦態勢の構えを取るが、眼前の強敵は動じない。
「君はもう、自分の体をまともに動かせる状態ではありません。私は闇医者ですから、症状を見ただけで全てがわかります」
「なっ……!」
「今から十分。それが、君が立っていられる時間です。呼吸が苦しいでしょう? 頭に酸素が行き届かないでしょう? 君は限界を迎えたのです。君の体は無理な代謝を行おうとし、発熱や発汗にも繋がります」
彼方が話すごとに、雄生の呼吸は荒くなっていく。雄生は震える両足に力を入れたまま、その場から一歩も動かない。否、彼は動けないのだ。
「何をした……彼方!」
「私の曲解の対象は放射線量。ゆえに君の細胞は、不可逆的に破壊されている現状です」
「……おそらく、違う。そんな切り札になりそうな曲解を、自ら明かすわけがない!」
絶体絶命の危機に瀕してもなお、雄生は冷静だった。確かに、相手の言い分が事実であれば、それをわざわざ口にする必要などないだろう。彼は目を発光させ、自らのホメオスタシスを強化する。しかし彼の肉体は、まるで回復する素振りを見せはしない。
一方で、彼方は依然余裕綽々としている。
「言ったでしょう? これは、不可逆的な破壊であると。医療とは実に偉大ですよ。相手の命を、一方的に握ることができるのですから」
「黙れ……オレは、アンタを……」
「では動いてみてください。その体で」
両者ともに、微動だにしない。互いに直立不動の有り様だ。
この戦況を変えるのは、第三者だけである。
突如、彼方の眼前に橙色の残像が飛び込んだ。彼はそれを避けようとしたが、頬にかすり傷を負ってしまう。同時に、彼の体は動かなくなった。
「強者は、きみだけではないんだよ、彼方」
――ほたるの登場だ。これで、雄生と彼方の双方が動けなくなった。体のどの部位に力を入れても、弾性を強化された筋肉は必ず定位置に戻ってしまうのだ。この時、雄生は死を覚悟した。一方で、彼方は相変わらず平静を保っている。
「とんだお客様が来られましたね。大丈夫です、平沢さん。君は今、無自覚に病を抱えています」
「病? わたしが?」
「ええ。闇医者の私が言うのだから間違いありません。君の病は、自己免疫疾患。君自身の免疫が、君の細胞組織を破壊していくのです。そして私の曲解は、その症状を重くする。こんな風に……」
その冷静沈着の名に相応しき眼差しが赤く光る。直後、ほたるは膝から崩れ落ち、苦しみ始める。
「何をした……彼方!」
「先ほど申し上げた通りです。呼吸が苦しいでしょう? 脳に十分な酸素が供給されていない証拠です。このままでは、君は意識を失い、半身不随になることでしょう」
「わたしは……わたしは、全人類のライフラインを掌握するんだ! こんなところで、くたばるわけには……!」
かろうじて意地だけは強い彼女だが、勝機は薄い。何しろ、彼女は今、自己免疫疾患に苦しんでいるのだ。あまつさえその症状を曲解によって強化されている彼女には、立ち上がることすら難しい。
「私のライフラインは、私自身です。そろそろ、免疫システムが五臓六腑を攻撃し、血管障害が誘発された頃ではありませんか? 君は今から、吐血します」
淡々と告げられた言葉の数々は、ある意味で死刑宣告に他ならなかった。彼の言葉通り、ほたるは勢いよく咳き込み、その両手を鮮血で染めてしまう。
「そろそろ、お時間です。君は、眠りに落ちます」
彼方がそう告げた瞬間、ほたるはその場で気を失った。
美美の合成音声が、結果を報告する。
「平沢ほたる、夢宮彼方の曲解により戦闘不能デス。残る参加者は二名デス。これより、一時間のインターバルを設けマス」




