愛
夜露龍造は、人工子宮の中で生まれた命だった。彼の姓は母親から継がれたものであり、父方の家系は彼自身にもわからない。ただ一つ言えることは、彼の母親がオス駆動進化説の熱狂的な支持者であったということだ。
オス駆動進化説によれば、オスの生殖系列は細胞分裂の回数が多いことから、DNAの複製にエラーが生じやすいとされる。ゆえに子の突然変異の原因の大部分は父方にある――それがオス駆動進化説における考えだ。
母親は夜露美鈴と云う女で、遺伝因子を曲解するラディカルだった。彼女は精子バンクや人工授精、人工子宮などを用いり、様々な赤子を培養していった。この実験で生み出された赤子の多くは廃棄処分されたが、ただ一人だけ例外がいた。その赤子は、可能性を曲解する力と共に生まれてきた。その赤子はいずれ、多くの悲劇を引き起こす戦犯となる。
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そして現在、その戦犯は街中で死闘を繰り広げている。彼は先程、眼前の標的から「自分は愛を要している」という指摘を受けたばかりだ。しかし人体実験の名目で生み出された彼は、誰の愛情も受けずに育ってきた身の上だ。ゆえに、彼の答えは決まっている。
「さっき、俺には愛が足りないと言っていたなァ。そんなモン、誰からも向けられたことはない!」
「アンタの親は、どうだったんだ?」
「俺の母親は、精子バンクで仕入れた精子で大量の子供を培養した! 俺はそのうちの一人にすぎないんだ!」
声を張り上げた龍造は、フィンガースナップをする。しかし雷は、雄生の身に命中しない。眼前の青年に雷が直撃する確率は、その分母を雪吹の曲解によって上書きされているのだ。して、その青年は今、星の守り人と化している。言うならば、龍造は一組の兄妹と戦っているだけではない。彼は地球そのものとの死闘を強いられているのだ。
雄生は言う。
「アンタが人体実験の被害者であることはよくわかった。だが、だからと言って同じ穴のムジナになったらダメだろ」
彼に続き、雪吹も口をはさむ。
「蛙の子は蛙だね。結局、きみのやっていることは、母親のやってきたことと何も変わらないよ」
二人の言葉は、見事なまでに龍造の地雷を踏み抜いていた。これには、龍造も激高するばかりである。
「黙れ! お前たちに、俺の何がわかる! 愛があるのが当然だったお前たちに、愛を知らない者の気持ちなどわかるものか! まともな愛着形成を築けなかった者は、精神発達に悪影響が出る……それは大昔から知られていることだろう!」
愛着形成とは、一九六九年に提唱された理論だ。生後六ヶ月から三歳頃にかけて、幼子は他者を信頼する基礎を学ぶ。そしてその時期の経験は、将来にも大きく関わってくるのだ。つまるところ、龍造の人格は先天的な破綻ではないということだ。
雄生は憐みの表情を見せ、宣言する。
「もう終わりにしよう、龍造。今、楽にしてやる」
その両目は、かつてない程に強い光を放っていた。
「……それはこっちの台詞だァ。あの世で仲良くやってろ、馬鹿兄妹」
そう言い返した龍造もまた、瞳を赤く発光させている。
それから二人は、同時にフィンガースナップをした。両者の身に、凄まじい威力の雷が落ちる。ほんの一瞬だけ痙攣を味わった彼らは、その数秒後に崩れ落ちた。雄生は両腕で上体を起こそうとするが、力が入らない。その目の前では、龍造もまた同様だった。
両者は気を失い、そのまま眠りに就いた。
この死闘は、相打ちという形で決着がついた。されど雄生にだけは、愛という「バックアップ」がある。
「お兄ちゃん、待っててね。今、メディカル・ポッドに転送するから!」
そう――雄生だけが、雪吹の力によって転送してもらえるのだ。それから十秒をかけ、彼の体は光の粒子と化して消えていった。




