頂点捕食者
雄生が全ての元凶と戦っている最中、ラディカル・シティの出入り口には三人のラディカルがいる。
「ウルァ!」
一発。
「ウルァ!」
二発。
「ウルァ!」
三発。叶得の殴打は、眼前の圧倒的強者を一歩も退けさせられない。
「貴様、その程度か?」
そう訊ねた蓋世は、彼女の鳩尾を勢いよく蹴り上げた。鳩尾は神経が集中しており、骨に守られていない。そこに強烈な蹴りを受ければ、普通の人間は立ってもいられなくなる。
――しかし叶得の本領は、無我の境地だ。
腹から噴き出す血を意に介さず、彼女は間合いを切り替えることによる俊敏なラッシュをお見舞いする。金的、鳩尾、尾骶骨、そして頸動脈。蓋世は数多の急所に猛攻を受け、表情を歪ませた。
「そうだ、それでいいッ! 貴様の力、見せてみろッ!」
彼は声を張り上げた。直後、彼の視界は紫の光に包まれる。その身が焼けていく最中に彼が見たものは、悠然と構える長治の姿であった。
「俺がいることを忘れるなよ? 化け物め」
「フッ……己の耐性は、何も曲解だけを対象とはしていないッ! それに貴様はまだ、切り札を切っていないッ! そうだろうッ!」
「そうだな。俺の切り札は、ちょっとした博打になる」
長治の両手に紫の光が集まり、それは透明に近づいていく。その余光の眩さは、辺り一帯を包み込む程だ。そして彼は、「博打」に出る。
「後は頼んだぞ、叶得」
そう呟いた彼は、凄まじい火力の不可視光を放った。己の細胞を破壊されていく中で、蓋世は理解する。
「ガンマ線……か。この世で最も短い波長を持つ光。ゆえにその透過力は中性子には及ばないが、光と定義されるものの中では何よりも優れるッ!」
その波長は、十ピコメートルを下回る。して、電磁波は波長が短いほど高いエネルギーを持つ。辺り一面に、紫の閃光の残骸が漂った。その放射線は、長治自身の細胞も破壊している。
「最後の最後まで、散々な人生だった」
そんな辞世の句を口にした彼は、その場で崩れ落ちる。その皮膚は酷い炎症を起こしており、半ばただれていた。
残る戦士は、叶得と蓋世だけだ。二人の殴り合いは、常人の肉眼で視認できるものではない。ただ、両者の一挙手一投足が残像になる。自らの血と返り血が混ざり合い、叶得の身は赤黒く染まる。この俊敏な闘争の一部始終は、二人からすればスローモーションのように見えている。
叶得は声を張り上げる。
「ボクが思うに、人類の営みは『前例』を上書きしていくことだ! 科学も、文明も、政治体制も、記録も、全ては前例を上書きすることで進化に向かうんだ!」
それはかつて、彼女自身が雄生に伝えた思想であった。蓋世は不敵な笑みを零し、こう切り返す。
「だが人類は衰退したッ! 弱肉強食という前例を、自然淘汰という前例を、政治体制で上書きしたからだッ!」
奇しくも、この男は龍造の影響を大いに受けていた。彼の言葉には、一理あった――少なくとも叶得にはそう思えた。それでも彼女は、前例を塗り替えることを諦めない。
「過ぎた進化は、退化に繋がる! 過ぎた退化は、進化に繋がる! 個々に多様性があり、絶滅と発生を繰り返すからこそ、自然界は無常を極めているんだ!」
「つまり今の退化は、進化の前兆ということか?」
「その通りだ! 人類が力を度外視してきた結果こそが、ラディカルの発生だろう! そしてその進化は、キミという存在を超越する一個体をもたらす!」
舌戦が繰り広げられる最中でもなお、両者の動きは止まらない。人類を超越した者同士の死闘は、決して生温いものではない。
「己を超越する一個体だとッ! 思い上がるなッ! 小娘ッ!」
「思い上がりであってもいい! 無謀であることはわかってる! それでもやる! ボクは、キミが進化の最終到達地点ではないことを証明する!」
この時、叶得の目つきは変わっていた。そこに実力が及んでいるか否かはさておき、その眼差しだけは頂点捕食者のそれであった。




