野心家と現代人
あれから雄生は、翔也と共に街を散策した。その最中、二人は騒ぎを聞きつける。
「はーっはっはっは! 俺様は月島海斗――いずれ世界征服を達成する大悪党だ! 以後、お見知りおきを!」
「香琉ちゃん、あんたみたいなダサい男嫌い! 大体、世界征服したとして、生活インフラはどうするの?」
「なっ……それは盲点だった! だが俺様は、とりあえず世界を征服する! 難しいことは後回しなのだ! はーっはっはっは!」
何やら、一組の男女が揉めている様子だ。一人は月島海斗――緋色のマントを羽織った中年男性だ。もう一方は浪風香琉――やや厚化粧気味の少女である。突如、両目を赤く光らせた海斗は、シャドーボクシングのような挙動を始めた。直後、香琉は傷を負いながら退いていった。彼女は見えない力に蹂躙されつつも、じりじりと間合いを詰めていく。妙なことに、彼女はまるで痛みを感じていない。
翔也は訊ねる。
「お兄ちゃん、あれ何? 殴っていないのに、殴っているような……」
もっとも、雄生とて全てを瞬時に推測できるわけではない。
「オレにも何も断ぜねぇ。ただ一つ言えることは、あの海斗という男は相当の馬鹿に違いねぇってことだ」
「……そうだね。今時、世界征服なんて、アニメや特撮でも見かけないよ」
「コイツの好きなロボット、多分ドリルとか生えてるんだろうな」
ほんの一端の第一印象だけで、二人は好き放題言っている。して、海斗の愚かさは二人の予想を遥かに上回るものである。
「さっきから、一体何が起きてるの! 香琉ちゃん、わかんない!」
「はーっはっはっは! 俺様は風圧を曲解するラディカルだからな、遠距離からでも近距離攻撃ができるんだ!」
「……は? あんた、自分で自分の曲解を明かすの?」
そう――海斗は筋金入りの「馬鹿」なのだ。さりとて、その馬鹿は眼前の少女を圧倒している。しかし一度間合いにさえ入れば、香琉にも勝機はある。彼女の目が赤く発光する。
「えい!」
彼女はナイフを振り下ろし、目の前の敵対者の身に切り傷を刻んだ。どういうわけか、当の敵対者はまるで痛がる素振りを見せない。そんな彼に対し、香琉は数多の切り傷を蓄積させていく。そして彼女が曲解を解いた瞬間――
「いだぁぁぁぁ!」
――海斗が悶絶した。この光景を前に、翔也と雄生は会話を交わす。
「お姉ちゃんの曲解、痛みに関係してるのかな?」
「そうみたいだな。痛覚を極端に鈍くしておいて、ダメージを蓄積させたのちに曲解を解除――といったところか。つまりあの女の曲解の対象は、痛覚だ」
「つうかく?」
「痛みを感じる機能のことだよ」
「そっか。痛みを感じないようにしてから相手をボコボコにして、ある程度相手が傷ついてから痛みを感じさせてるんだね」
幼いながらに、翔也は戦況を理解した。彼らの眼前で戦う二人の参加者は、両者ともに満身創痍の有り様だ。このまま相打ちになるか、あるいはどちらかが勝利するか――それは定かなことではない。少なくとも、この瞬間まではそうだった。
――橙色の残像のようなものが二つほど飛来してきたのは、まさにそんな時だった。
海斗と香琉は、その残像によって腹部を貫かれた。二人は膝から崩れ落ち、その身が光の粒子に変わり始める。
「月島海斗、浪風香琉。平沢ほたるの攻撃により、戦闘不能デス。ただいま、転送を開始しマス」
その場に響いたのは、美美の無機質な声だった。二人の脱落者の存在を確認し、ゴシック調の服を着飾った黒髪の少女が現れる。
「美美。いちいちわたしの名前を出さないでくれるかな?」
それが彼女の第一声だった。それに対し、美美はこう受け答える。
「安心してクダサイ。ユーの曲解の対象まではバラしマセンから」
ほたると美美が話している傍らには、二輪の輪ゴムが落ちている。そのどちらも鮮血を帯びており、この二輪が海斗たちを仕留めたことは火を見るよりも明らかだった。




