痛み
翌日になり、火蓋が切られる。雄生を迎え撃つは、あの彼方やほたると渡り合った猛者――柳田叶得だ。彼女は頻りに間合いを切り替え、その都度拳を振るう。全方位から繰り出される殴打の応酬に、雄生は下手を打てない状況だ。彼は目を赤く発光させ、自らの全身を回復させる。唯一の救いは、彼女の攻撃が不可逆的な損傷をもたらさないことだ。そこにはノセボ効果も、紫外線もない。ゆえに雄生は、テロメアが持つ限り何度でも再生できる。
「なるほど。アンタ、すっかり無我の境地をものにしたらしいな。だが、それも血液が循環している恩恵だ!」
そう言い放った彼は、曲解を発動する。直後、叶得の動きが鈍り、隙が生じた。その好機を逃さなかった雄生は、すかさず右ストレートを繰り出す。その一撃は相手の急所――人中に直撃する。
「グルァア!」
咆哮のような悲鳴と共に、叶得は仰け反る。人中の周りには神経が集中しており、そこを殴打された者は計り知れない激痛を味わうこととなる。この一瞬、彼女の視界は歪んだ。眼前の青年の打撃により、叶得の脳は揺れたのだ。その上、彼女のホメオスタシスは機能不全に近い。意識が遠のこうとするのに抗うように、彼女は歯を食いしばる。
「ガルルルル……」
その唸り声は、さながら猛獣だ。叶得は再び間合いを切り替え、雄生の金的を蹴り上げる。骨や筋肉に守られていない数少ない臓器――それを蹴り上げられた雄生は、痛みのあまり涙目になる。
二足歩行への進化に伴い、人類は己の全体重を支えられる脚力を得た。その体重を支えつつ、歩行、走行、そして跳躍を行うには、かなりの筋肉を要される。とどのつまり、余程偏った鍛錬を繰り返さない限り、人の脚は腕よりも筋肉質なのだ。
無論、雄生は再生できる。さりとて、痛覚は必ずしも肉体の状態と一致するわけではない。痛みとは危険信号であり、それはまだ彼の下腹部に残留しているのだ。
「コイツ、男特有の痛みを知らねぇのか!」
雄生は激高し、叶得の腹部にアッパーカットを食らわせる。叶得は微塵も怯まず、曲解により背後を取る。次の彼女の拳は、雄生のこめかみに命中する。立ちくらむ彼に対し、叶得は言う。
「痛みの性差など知ったことか。一概に痛みと言っても、圧痛、温熱痛、寒冷痛など、その種類によって感じ方は大きく変わる。そもそも、それぞれの痛みを担当する受容体の組み合わせも異なるんだ」
何やらこの少女は、単なる戦闘狂に収まる器ではないらしい。彼女は痛覚の工学を理解し、あまつさえそれを言語化できるだけの知性を兼ね備えていた。雄生は自らのホメオスタシスを強化し、鮮明な視界を取り戻す。それから彼は構えを取り、大声を張り上げる。
「ああ、知らないだろうよ! オレだって、この痛みを形容する言葉を知らねぇ!」
そう言い放った彼は、右ストレートを繰り出そうとする。そんな彼の前から消えた叶得は背後を取り、回し蹴りで相手の足元を崩す。その場で崩れ落ちそうになった雄生の尾骶骨に、全身全霊を込めた打撃が加えられる。
「かはぁっ……!」
その有り余る衝撃に耐えきれず、彼は勢いよく吐血した。それと並行し、叶得のホメオスタシスは徐々に不安定を極めていく。ここで決めなければ、雄生に勝ち筋はない。
「落ちろ! 叶得!」
閑散としたゴーストタウンに、彼の声がこだました。彼の渾身の蹴りは、標的の側頭葉に凄まじい振動を加える。
――叶得はその場で力尽き、無造作に倒れた。
美美が結果を告げる。
「柳田叶得、御堂雄生の一撃により戦闘不能デス。これより、転送を開始しマス。残るプレイヤーは、五名となりマス」
五名――その言葉を耳にした雄生は、翔也が帰らぬ者となったことを思い出す。その事実を噛み締め、彼はやり場のない悲しみに苦しんだ。




