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拳と刃

 次に廃墟の遊園地に赴いたのは、彼方(かなた)だ。紫の残光が派手に目立っていたことから、彼はこの場で戦闘が繰り広げられてきたことを察したのだ。して、彼は今、最強のプレイヤーを目の前にしている。廃墟の遊園地に、かつてない緊張感が走った。一方は元の世界、もう一方は純然たる闘争を望んでいる。


 彼方はトレンチコートの内ポケットから八本のメスを取り出し、それを一斉に投げ飛ばした。蓋世(がいせい)は咄嗟にクラウチングスタートの構えを取り、その動作でメスをかわす。直後、両者の間合いは急激に縮み、気づけば彼方が殴られていた。

「くっ……!」

 その有り余る威力の打撃に、彼は後方へと吹き飛ばされる。それから地面を転がり、彼の身は傷んでいく。無論、そこで戦意を喪失する彼方ではない。彼は再びメスを手に取り、稲妻に眼前の強敵の方へと飛び込む。一発、二発、そして三発。メスによる斬撃は、着実に目の前の巨漢の身に切り傷を刻んでいく。同時に、彼方の目は赤く光る。しかし、彼の曲解が意味を成すことはない。蓋世は不敵な笑みを浮かべ、声を荒げる。

「己の曲解は『耐性』――つまるところ、己は貴様の曲解の影響を受けぬッ!」

 先程の戦闘でも、この男はほたるの曲解を受けなかった。その筋肉が極端な弾性を付与されることもなかった。長治の光を浴びた時も、彼は全くの無傷だった。彼には極端な「耐性」がある――して、それはあくまでも彼の強さの片鱗に過ぎない。


――抜山蓋世(ばつざんがいせい)の神髄は、その圧倒的なフィジカルに秘められている。


 蓋世は再び声を張る。

「この抜山蓋世に傷を負わせるとは、貴様は上澄みだなッ!」

 彼だけではなく、彼方もそれなりにフィジカルに恵まれている。片やメスを用いた武術、片や己の肉体と技だけを磨き上げた体術。この死闘に、曲解の介入する余地はほとんどない。それはある種、ラディカル・ゲームとしては異質な戦局であった。

「やはり君は強いですね。私が今戦っている相手は、化け物ですか? それとも、この世の不条理そのものですか?」

「抜山蓋世――それ以外に、この己を形容し得る言葉はないッ! 己が上限だッ! 己が頂点だッ! 貴様が小手先の技を弄しても、この己を超えることは叶わぬッ!」

「そうですね。君は抜山蓋世――唯一無二の存在です」

 両者の間を通り抜けた強風は、この闘争の激しさを演出していた。彼方は痣だらけで、蓋世は数多の切り傷を刻まれている。されど息が上がっているのは、彼方だけだ。その身を切り傷に覆われてもなお、蓋世は依然余裕に満ちた笑みを浮かべている。

「さぁ来い、夢宮(ゆめみや)ッ!」

 彼の叫び声により、周囲の強化ガラスに亀裂が入る。彼方はメスを振り上げ、今度は相手の胸筋を切る。さりとて、相手はあの抜山蓋世だ。彼がいくらメスを使いこなしても、相手の肉体に入る傷は浅い。その切っ先は、皮下組織にさえ届かないのだ。もっとも、それで敗北を認める彼方ではない。

「人体には、必ず急所があります。どんな強靭な筋肉でも、骨でも、絶対に守り切れないものです」

 そう語った彼は、一心不乱にメスを振り回した。蓋世の左目に、切っ先が迫る。

「させぬッ!」

 蓋世は瞬時に相手の足元に潜り込み、そのまま突進する。直後、彼方の身は強化ガラスに叩きつけられ、その場にはガラスの破片が飛び散った。


 無数の破片の刺さった背中から血を流しつつ、彼方はため息をつく。

「ここまで……ですか……」

 そう言い残した彼は、眠るように気を失った。街一帯に、合成音声が響き渡る。

「夢宮彼方、抜山蓋世の攻撃により戦闘不能デス。これより、転送を開始しマス。残るプレイヤーは、二名デス」

 蓋世の負った切り傷は、いずれも真皮にまでしか届いていない。この勝負は、彼の圧勝である。

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