特殊ルール
あれから三日後、目を覚ました雄生は、メディカル・ポッドを出た。そこで彼が最初に目にしたのは、窓ガラスに反射する自らの姿だ。
「白い……」
彼の視界は、以前よりもおぼろげになった。そして何より、その頭髪はかなり白くなっている。狼狽する彼の背後から、彼方が姿を現す。
「無茶な自己再生と代謝を繰り返してきた代償ですね。君はテロメアが有限であることを心得るべきです」
そう口にした彼方は、いつになく真剣な表情をしていた。そんな彼に対し、雄生は猜疑心を込めた眼差しを向ける。
「ノセボ効果でも狙ってんのか?」
「いえいえ、まだゲームは始まっていませんから。私はただ、純粋に君の身を案じているだけですよ」
「そうかい、そりゃどうも。それで、平沢財閥の無双は終わったのか?」
今まで眠っていた彼は、叶得が何を願ったのかを知らない。彼方は肩をすくめ、彼に真実を伝える。
「先日の優勝者は柳田さんでした。そして彼女の要求は、抜山蓋世をゲームに参戦させることでした」
思わぬ事実に、雄生は耳を疑った。彼はまだ数回しか蓋世の神髄を見ていないが、それでもその脳裏にはあの異常な強さが焼き付いている。
「抜山蓋世が……来るのか……」
「ええ。実現可能な願いであれば、全てが叶う。それがこのラディカル・ゲームですから」
「叶得の奴、なんて要求をしてくれたんだ!」
とてつもない絶望感が押し寄せる。あの男は規格外の存在――本来ならゲームどころかこの世にいてはいけないような人物だ。当然、そんなことは運営も重々承知している。ゆえに今回のゲームは、通常のレギュレーションのもとでは行われない。
二人の前に、美美が姿を現す。
「今回は八人で手を組み、抜山蓋世を倒してクダサイ。八人の陣営が勝てば、八人全員の望みが叶いマス」
エイト・オン・ワン――それが今回の特殊ルールだった。蓋世は確かに強いが、他のプレイヤーたちも強い。八人が束となれば、あの男を倒すことも非現実的ではないだろう――雄生はそう思った。
美美の身に、再び不具合が生じる。
「頑張ってね……お兄ちゃん……」
そう呟いた彼女は、ノイズに呑まれながら消えていった。
*
タワーマンションの一室では、ほたるがカプチーノを飲んでいる。その傍らでは、使用人がバイオリンを演奏している。この優雅なひと時も、まもなく終わるだろう。ゲーム開始へのカウントダウンは、もう始まっているのだ。
ほたるの前に、美美が出現する。
「へぇ。きみ、あの街の外にも出られたんだ」
「人工衛星が捉えられる範囲なら、どこにでも出現できマス」
「それで、もう次のゲームが始まるの?」
そう訊ねたほたるは、少し不服そうな顔をしていた。無論、美美がここに来たということは、もうじきゲームが始まるということである。
「その通りデス。ただし今回はチーム戦となりマス。いつもの八人で協力して、抜山蓋世を倒してクダサイ。ユーが勝てば、八名全員の望みが叶いマス」
その通達に、ほたるは目を丸くする。抜山蓋世といえば、ラディカル・ゲームで幾度となく勝利を収め、全てを手に入れたことで知られる大物だ。八人がかりとは言え、あの男と敵対するのは正気の沙汰ではない。そこで彼女は質問する。
「わたしが全人類のライフラインの掌握を望んでいることと、皆がその仕組みを壊すことを望んでいること――それは今回のゲームで両立し得るの?」
それはもっともな疑問である。複数人の望みを同時に叶えることは、時に二律背反を意味する。して、今がその時である。無論、そこを考慮しないほど愚かな運営ではない。
「全人類の中に七人の例外がいるという形に落とし込みマス」
「なるほどね。それくらいの譲歩だったら、まあしようかな」
こうして、ほたるはラディカル・シティに赴くこととなった。




