特例
本来、一時間のインターバルはメディカル・ポッドの中で過ごすものだ。少なくとも、それは酷く負傷したプレイヤーたちにとっての総意である。されど柳田叶得は生粋の戦闘狂――自らの意思でメディカル・ポッドに入ることを望まない猛者だ。今この瞬間も、彼女はほたるを探している。彼方という宿敵を倒した今、次に彼女が打ち破りたい「前例」はあの少女なのだ。
やがて叶得は、ビルの屋上にたどり着いた。そこで彼女を待ち受けていたのは、平沢ほたるだ。
「ずいぶんと傷を負っているようだけど、メディカル・ポッドに入らなくて大丈夫なの?」
それがほたるの第一声だった。一方で、叶得は長治に対し戦場を選ばない美学を説いた身の上だ。当然、その張本人である彼女は、己自身のことも例外としていないのだ。
「美美、ボクは臨戦態勢だ。特例として、インターバルを終わらせて欲しい。ほたる、キミにとっても、悪くない話だろう」
そんな話を持ち掛けた彼女は、闘争心に満ち溢れていた。ほたるはそれを一笑し、こう切り返す。
「わたしは別に構わないよ。叶得がそれでいいならね」
満身創痍の叶得に反し、ほたるは無傷である。今回のゲームにおいて、彼女はまだ一度も戦っていないからだ。
両者の間に、パンダのマスコットのホログラム――美美が姿を現す。
「ゲームマスターのお達しデス。特例を認めマス。これより、試合を開始してクダサイ」
何やら、龍造が直々に許可を出したようだ。
さっそく、ほたるは曲解を発動する。動けなくなった叶得の身に、無数の輪ゴムが迫りくる。されど叶得は、間合いを曲解するラディカルだ。瞬間移動のような挙動を繰り返し、彼女は輪ゴムを次々とかわしていく。そして極めつけは、間合いを高速で縮めることによる打撃だ。これまで、彼女は自らの曲解を、間合いを「切り替えること」に運用してきた。そして今、新たな戦法として、彼女は間合いを「動かすこと」によって打撃を実現している。弾性を極端に高められた拳による猛攻は、ほたるの身を勢いよく傷つけていく。
「これだから、近接戦闘は嫌いなんだ」
そんな不満がほたるの口から零れた直後、その足元の地面は深くへこんだ。それからほたるが再び曲解を使い、屋上の床は勢いよく元に戻る。その勢いに弾かれ、彼女は高く跳躍した。それから彼女は、数多の輪ゴムを発射する。強力な弾性によって飛ばされた輪ゴムは空気を切り裂き、叶得の身に襲い掛かろうとしている。
その攻撃も、間合いの切り替えによって回避された。
叶得は硬直した関節を曲げることができない。表情筋も固められている彼女は、言葉を発することさえままならない。さりとて、彼女は間合いを動かすことができる身の上だ。ほたるが屋上に着地するや否や、同じ体勢を保ったままの打撃が何度も繰り出された。その猛攻を一身に浴びたほたるは、ついに限界を迎える。
「わたしの……天下が……」
そう言い残した彼女は、その場で気を失った。
「平沢ほたる、柳田叶得の曲解により戦闘不能デス。優勝者、柳田叶得! これより、転送を開始シマス」
美美の口から、ゲームの結果が告げられた。ついに平沢財閥の横暴を止めることができる――これは絶好の機会である。
しかし叶得は、ほたるの天下を終わらせはしない。
「美美。ボクの願いは、抜山蓋世をラディカル・ゲームに参戦させることだ」
やはり彼女は、闘争に全てを捧げている。あの圧倒的な格差を知っていてもなお、彼女は蓋世と再戦する機会にすがりつくのだ。
美美はその望みを拒否しない。
「ユーの望みを受理しマシタ。しかし抜山蓋世を参戦させる場合、特殊ルールを設ける必要がありマス。こちらで調整しておきマスので、しばらくお待ちクダサイ」
通常のレギュレーションでは、あの男を出すわけにはいかない――それが運営の見解であった。満足した叶得は、その場で力尽きるように眠りに落ちた。




