有益な情報
ラディカル・シティの一角にある高層ビルのロビー――そこでは叶得と海斗がソファでくつろいでいる。話を切り出すのは、叶得だ。
「凄い噂を聞いたよ。海斗――キミはあの彼方に勝利したらしいじゃないか。一体、どんな戦いだったんだ?」
あの場に居合わせていなかった彼女は、眼前のプレイヤーの勝因が気になって仕方がなかった。彼女を含め、全てのプレイヤーが彼方の強さを理解している。そんな中で彼方を討ったという「前例」があるとなれば、彼女がその詳細を知りたがるのも無理はない。さりとて、あの勝利は海斗にとっても不可解なものだった。当然、彼は事の顛末を話すことなどできない。
「ははは! 俺様はあまりオツムに自信がなくてな、実のところ何もわかっていない! 戦闘中も、アイツの言ってることが半分も理解できなかった!」
「まぁ、キミ馬鹿だもんね」
「だが、俺様の身には何も起きなかったのだ! だからアイツの言葉を理解しなければ、アイツの曲解を食らうことはないのだろう!」
ノセボ効果という言葉にはまだたどり着いていないものの、海斗の推測は当たっている。この時、叶得は自分が過集中に入った時のことを思い出していた。言葉が届かず、自身の体にかかっていた負荷を自覚していなかった時の彼女は、確かにあの男と渡り合っていたのだ。
叶得は語り始める。
「こんな話を聞いたことがある。その昔、痛みに苦しむ病人が生理食塩水を投与された際に、痛みが増すという嘘を吹き込まれたんだ。実際の生理食塩水は体液に近い浸透圧を持ち、人体にほとんど痛みを与えないんだけど……」
「浸透圧? 俺様は、難しい話は嫌いだ!」
「まあ聞いて欲しい。本来は痛みを増やさない液体が、たった一つの嘘で痛みを増やしたという例があるんだ。病状にまつわる嘘には、大なり小なりそれを実現させる力があるということだ。彼方の奴は、おそらくその現象を曲解している」
この時になり、彼女はようやく結論に辿り着いた。手の内が明らかになった以上、彼方の無双もそう長くは続かないだろう。
一人の少女がロビーの出入り口に現れたのは、まさにそんな時である。
「話は聞かせてもらったよ。有益な情報、ありがとう」
――平沢ほたるだ。して、今の彼女は全人類の生活基盤を狂わせた戦犯でもある。海斗は憤り、拳を握りしめた。それから彼は臨戦態勢の構えを取り、目を赤く光らせる。そんな彼の手首を掴むのは、叶得である。
「やめろ。インターバル中の攻撃は認められていない。せっかくのゲームを台無しにするつもりか?」
「だけど、アイツは……許されないことを!」
「不満があるなら、ゲームで晴らせばいいだけのことだ。大の大人が、よくもまあここまでマジになれるもんだよ」
最初から平沢財閥の天下に無関心だったのか、彼女は妙に冷静だった。海斗は舌打ちし、おもむろに拳を下ろす。その目の前では、ほたるが余裕綽々とした笑みを浮かべていた。
*
高層ビルの屋上には、龍造と蓋世がいる。ラディカル・シティを一望しつつ、二人は雑談に花を咲かせる。
「どうだァ? 蓋世。なかなか面白い展開になってきたんじゃないかァ?」
「己以外のラディカルが彼方を倒した。そして、叶得も奴の実力に近づきつつある。今はほたるが世界の実質的な支配者……一見支離滅裂な話だが、これが真実とは恐れ入る。まさに狂気の沙汰……ゆえに興味深い」
「ククク……ラディカルの出現する可能性を曲解した甲斐があったというものだァ。特に『アレ』を生み出したことは、このゲームを大いに盛り上げている。やはり地球は人類のものではない……ラディカルのものだァ」
新たな頂点捕食者による支配――それが龍造の望む全てだ。人類が進化を捨てたことのしわ寄せは、今日もこの街に巡っている。




