輪ゴム
やがてインターバルは終わり、雄生とほたるは互いを睨み合う。直後、雄生の肉体は硬直し、その腹部は輪ゴムによって貫かれた。
「ぼーっとしている場合じゃないよ。もう、始まっているんだから」
一発、また一発と、輪ゴムは次々と雄生の身を貫通していく。このまま動けなければ、彼に勝ち筋はない。
その直後である。
突如、雄生は前方へと駆け出し、ほたるの腹にボディブローを食らわせた。
「ぐはっ……」
ほたるは吐血し、二、三歩ほど退く。彼女は再三曲解を使い、眼前のプレイヤーの身を再び拘束する。しかし、雄生は再び動き出し、俊敏なジャブを何度も叩き込む。
「そうか。きみはホメオスタシスを曲解するラディカルだったね。道理で、筋肉の弾性を極端にされても、筋肉そのものを作り直せるわけか」
そんな推測を口にしたほたるは、先ず一発だけ彼を殴る。そのまま自らの右腕の弾性を極端にした彼女は、一度構えを取る。直後、その細腕には、拳を突き出す形に戻ろうとする力が加わった。その極端な弾性を持つ右腕が、彼女の拳を雄生の顔面に叩きつける。
「……!」
その場に鮮血が散った。弾性を活かした打撃は、並大抵の威力ではない。雄生の鼻は潰れ、酷く変形している有り様だ。それからも、ほたるの曲解を交えた拳は幾度となく雄生の顔面に叩き込まれる。雄生はそのたびに再生を繰り返すが、今のところは防戦一方だ。過剰な代謝を繰り返した代償として、彼は息切れしつつある。さりとて、ここで諦める雄生ではない。
「どうにでもなれ!」
そう叫んだ彼は、ほたるの頬に飛び蹴りをお見舞いした。ほたるはアスファルトを転がるが、まるで動じていない。むしろ間合いを広げられたことは、彼女からすれば有利なことである。彼女は再び輪ゴムを発射していき、雄生の身に風穴を開けていく。両者ともに、一歩も譲らぬ戦いだ。
この闘争を見物しに来た者がいる。
「派手にやり合っているようだな。貴様らの試合、見届けさせてもらうッ!」
――抜山蓋世だ。
蓋世の見ている前で、雄生はほたるとの間合いを詰めていく。少なくとも、長距離戦では分が悪いだろう。しかし相手の曲解と数多の輪ゴムは、彼の歩行を阻んでいく。歩くたびに筋肉を再構築し、多くのエネルギーを消耗しなければならない――それは彼にとって、あまりにも途方もない戦いだった。
蓋世は語る。
「なるほど。どんな筋肉を持つ者でも、鞭の痛みには抗えない。鞭は筋肉ではなく、皮膚や皮下組織、そして神経に働きかけるもの。して、輪ゴムも同じようなものだ」
彼の目の前で、雄生は半ば一方的に蹂躙されていく。再生にかかるコストが不足しているのか、雄生の呼吸と足取りは酷く不安定になっている。その様を楽しそうに眺めつつ、蓋世は実況する。
「一般的な輪ゴム鉄砲の速さは秒速三十メートル前後――これは音速の一割にも満たない。だが、弾性を曲解された輪ゴムなら、亜音速にすら到達するッ! して、それは常人の肉眼で捉えられるものではない!」
事実として、雄生は敵対者の飛ばす輪ゴムを、一つたりとも避けられていない。やがて体力の限界を迎えた彼は、立ち眩んでしまう。
「……今」
そう呟いたほたるは、眼前のプレイヤーの頭部に輪ゴムを発射した。脳を激しく揺らされ、雄生はその場に崩れ落ちる。
美美が終わりを告げる。
「優勝者、平沢ほたる! これより、御堂雄生の転送を開始しマス!」
誰もが恐れていたことが実現した。それはほたるの優勝だ。このままでは、彼女は本当に全人類のライフラインを掌握してしまうだろう。転送途中の雄生の前に、美美のホログラムが現れる。
「お兄ちゃん……もう、頑張らなくてもいいんだよ」
彼女はそう言ったが、気絶している雄生の耳には届かない。そんな二人を横目に、ほたるは薄ら笑いを浮かべながらその場を後にした。




