業火
切り傷だらけの海斗の背後から、拍手が聞こえてくる。彼が振り向いたのも束の間、辺り一帯は眩い光に包まれる。
「なっ……!」
海斗は咄嗟に身構えたが、その身は容赦なく焼かれていく。彼の目に飛び込んできたのは、綾川長治だ。
「あの彼方に勝つとは、流石は馬鹿だな」
一発、二発、三発。淡々と発射される光線は、次々と海斗の身を襲う。そこで彼は大きく振りかぶり、渾身の右ストレートを放った。長治は全身を傷つけられ、力負けするように仰け反る。地面は激しく揺れ、アスファルトにひびが入る。何やら風圧は、拳の力を超えるほどに曲解されている有り様だ。
「誰が馬鹿だ! 俺様は世界をまたにかける大悪党、月島海斗だぞ!」
「お前さんが世界を征服したら、多額のベーシックインカムを保障してくれるか? いや、お前さんに国を任せたら破綻しそうだな」
「黙れ! 俺様の支配する世界は、俺様にひれ伏す世界だ! 破綻などさせない、俺様がそれを許さないからだ!」
そんな舌戦を繰り広げながらも、両者は持ち前の曲解を用いて戦っていく。風圧と光線の応酬は、周囲の地形を破壊していく。一つ、また一つと、窓ガラスが破裂していった。近くに停められていた廃車は、勢いよく爆発する。凄まじい爆炎と爆風に包まれたその場所は、さながら戦場のごとしだ。
そんな戦いをバスの中から見守りつつ、雄生は生唾を飲む。あの二人の実力は、ほぼ互角だ。どちらも間合いを詰める必要がない。双方、遠距離からの攻撃を主軸としている。彼らの足が動くことがあったとしても、それはせいぜい一歩や二歩の話だ。二人の曲解は至って単純明快――ゆえにその火力も計り知れないものなのだ。
「なんて激しい戦いだ……巻き込まれたら、ひとたまりもない」
雄生は思った。眼前で繰り広げられる闘争には、介入の余地などない。一方は世界征服、もう一方はベーシックインカムのために命を燃やす。非現実的な野望と、現実的な切望。その想いは、技に出る。
やがて、海斗と長治は肩で息をし始める。両者ともに消耗し、満身創痍の有り様だ。
「ゼェ……ゼェ……なかなか、やるではないか」
「フッ……お前さんが身の丈に合わねぇ野望を抱いているのは相変わらずだが、その戦闘能力だけは本物というわけか」
「身の丈に合わないだと? 俺様こそ、世界の頂点に相応しい!」
彼らの間に、これでもかという程の緊張感がほとばしる。互いに下手を打てないのか、沈黙の皮を被った読み合いが発生する。先程の曲解の応酬で荒れ果てた土地では、相も変わらず業火が揺らめいている。
数瞬の静寂を破ったのは、海斗だ。彼の右ストレートから放たれる風は、一瞬にして業火をかき消した。その身を酷く損傷しつつも、長治はなんとか持ちこたえる。彼は光線を乱射し、再三海斗の身を貫いていく。
「これじゃ、なかなかケリが着かないな。ならば『あれ』に賭けるしかあるまい」
長治は言った。何やら彼には、切り札が残されているらしい。直後、二人の立つ瓦礫の山は、紫の閃光に包まれた。周囲は再び業火に焼き払われ、砂埃が宙を舞う。地響きと共に建物は揺れ、更なる窓ガラスが割れていく。
――やがて光が収まった時、二つの人影が倒れた。
試合の結果を告げるのは、美美だ。
「月島海斗、綾川長治、相打ちにより敗退デス。これより、転送を開始しマス。残るプレイヤーは二名――これより、一時間のインターバルが発生しマス」
現時点での生存者は、雄生とほたるの二人だけだ。雄生が決勝戦で負ければ、全人類のライフラインがたった一人の少女の手に渡ることとなる。
「雪吹。オレ、絶対負けねぇからな」
そう誓った雄生は、拳を強く握りしめた。無論、彼は知っている。平沢ほたるが、難攻不落な強敵であることを。




