ノセボ効果
やがてインターバルが終わり、雄生は廃車と化したバスの中に身を潜めた。彼が窓越しに見ているのは、互いを睨み合っている海斗と彼方だ。
「はーっはっはっは! ここであったが百年目、この月島海斗が、世界征服のために君を討つ!」
「どこからでもかかってきなさい。ただ、君のそれは野望とも程遠いです。ただの無謀ですよ」
「無謀であっても構わん! 行くぞ!」
火蓋が切られた。海斗は相手との距離を置いたまま、シャドーボクシングのような挙動をする。それに伴う風圧が、彼方の身を容赦なく襲っていく。さりとて彼方は、ラディカル・ゲーム屈指の強さを誇るプレイヤーだ。
「たった今、君の体に毒を仕込みました」
「毒だぁ?」
「ええ。血液の凝固を妨げ、失血に至らしめる毒です」
そう語った彼は、三本のメスを投げた。その全てに腹部を刺され、海斗は出血する。しかしどういうわけか、彼の出血量は常軌を逸していない。
「血液? 凝固? よくわからないが、俺様には効いていないようだな! 俺様は無敵の大悪党、月島海斗様なのだからなぁ!」
あの彼方を前にして、この男は妙に自信過剰だ。されど現実として、この男が相手の曲解の影響を受けている様子はない。それからも、風圧を曲解したラッシュの応酬は続く。無論、彼方とて防戦一方ではない。彼方はメスを携え、じりじりと間合いを詰めていく。そして極めつけは、いつもの「診断」だ。
「無理をなさらない方がいいですよ。血液が固まらないということは、血液が流れ出やすいということです」
「あぁ? もっとわかりやすく言え!」
「ですから、君は血を出しすぎて失血するということです」
彼の説明は、何一つ眼前の標的に伝わっていない。それと関係しているのか、海斗は依然として軽傷で済んでいる。
この光景を前にして、雄生は考える。彼方の敵対者に症状が顕れるのは、いつだってその敵対者が症状を理解した時だった。ゆえに過集中に入っていた時の叶得にも、症状が出るまでに時間がかかった。更に彼方の手の内は広く、放射能汚染や自己免疫疾患、気絶などを誘発した前例もある。かくすれば、答えは自然と見えてくる。
「ノセボ効果――それがアイツの曲解の対象か」
ノセボ効果とは、思い込みによって症状が顕現または悪化する現象のことだ。仮にもし彼方がそれを極端にしてきたのだと仮定すれば、今までの全てに納得がいく。事実、彼が語れば語るほどに、その敵対者たちは追い詰められていった。言うならば、彼方の曲解は「相手に理解されること」を前提に成立するのだ。
つまるところ、今回は彼方に分が悪い。彼がどんな理屈を組もうと、肝心の相手の理解が及ばなければ効果は出ないのだ。無論、それはあくまでも必要条件――断じて十分条件ではない。
「君は今から、噴水のように血を噴き出します」
「はぁ? そんなわけないだろ! 寝言は寝て言え、彼方!」
「……やはり、雑な症状を信じはしませんか」
そう――彼方の曲解は、相手が伝えられた症状を信じなければ意味がないのだ。
「はーっはっはっは! そろそろメスの切れ味も落ちてきたんじゃないか? 拳は一点集中だが、風は分散する! つまり、こういうこともできる!」
さっそく、海斗は宙を勢いよく殴った。直後、彼方の身の節々が出血し、見えない力が破裂する。後方へと吹き飛ばされた彼方は、そのままコンクリートに叩きつけられる。彼は喀血し、海斗を睨みつける。
「これだから、愚者は手に余るのですよ……」
そんな捨て台詞を吐いた彼は、その場で気を失った。
スピーカーから、美美の合成音声が響き渡る。
「夢宮彼方、月島海斗の曲解により戦闘不能デス! 残るプレイヤーは、三名となりマス!」
あの彼方が、敗北した。ただそれだけの事実は、雄生を惑わせるばかりであった。




