人生
刑務所に収監された長治は、学びを得た。受刑者の多くが生活困窮者であり、社会復帰の困難な人柄だったのだ。所内では、囚人同士の暴行沙汰が日常茶飯時だ。
「やめろ、やめろよ! また刑期が延びるぞ!」
「どうせここを出ても、おれは人並みの生活を送れねぇんだ! 黙って殴られてろ!」
「ひっ……ひぃ……」
長治の目に留まったのは、二人組の男だった。一方は目が血走り、もう一方は怯えている。されど長治は、彼らと関わり合いになることを避ける。理由は単純――金にならないからだ。ただし、彼は二人を憐れんでもいた。多様な社会不適合者の集うその場所は、長治に金の重要性を嫌というほど吹き込んだのだ。
そんな喧騒の中で二年半を過ごし、長治は出所した。相変わらず連帯保証人を確保できなかった彼は、ネットカフェや漫画喫茶を寝床にした。無論、金は湯水のように湧くものではない。時折、長治は寂れた公園で寝ることも増えていった。
「刑務所にいる方が、幾分マシじゃねぇか」
内心、彼はそう感じていた。事実、生活基盤がこれほどまでに不安定であれば、塀の中の方が余程安全を確立されているだろう。彼は派遣アルバイトで日銭を稼ぎ、いつ路頭で絶命してもおかしくない日々を送っていった。
そんな長治を拾ったのは、一人の地上げ屋だった。
「あんたが綾川長治か」
この出会いが意味することは、彼が間接的に地主との繋がりを得たことだ。
それからアパートの一室を与えられた長治は、様々な人々を土地から追放していく。
「うちのモンがゴミをバラまいたみたいで、すまなかったね。だけど店を畳まないと、またバラまかれると思うぞ?」
「お前さんは日照権を巡る裁判で負けたんだ。もうじきこのビルも解体される」
「みかじめ料を払えないようじゃ、この店を守ることはできないな。もちろん俺は暴対法を知っているが、法だけでは守れない土地もある」
それが社会復帰後の彼の日常だ。それが彼のルーティンだ。ひとたび地上げ屋の仕事を終えれば、彼はよく居酒屋に入り浸った。これまで節約を余儀なくされてきた長治からすれば、飲酒はもはや娯楽ではない。
――道楽だ。
そんな生活を二十年近く営んだ長治は、ついに大いなる力を得る。
「なんだこれは……光が、光が俺の意のままに……?」
そう――彼のラディカルとしての素質が発芽したのだ。元より彼は、逆境から立ち上がった身の上だ。そんな彼が曲解をものにするまでに、そう時間はかからなかった。
ある日、彼の前に筋骨隆々の大男が現れる。
「貴様が綾川長治――光学密度を曲解するラディカルか」
――抜山蓋世だ。この当時から名声に恵まれていたこの男は、圧倒的な威厳を放っていた。
「こいつは驚いた。お前さん、あの抜山蓋世だろう?」
「左様ッ! 己が抜山蓋世――常に頂点を志す者ッ! 貴様の生活は、まだ安泰とは程遠い。だが、ラディカル・シティに来れば全てを変えられる!」
「その街がどこにあるのかは知らないが、行ってみる価値はありそうだ。アクセスを教えてくれ」
長治はラディカル・ゲームのプレイヤーとなった。
*
「――と、まぁ前途多難な生い立ちだ。お前さんが欠伸をしなかったことを光栄に思う」
以上をもって、長治は自らの過去を語り終えた。翔也は話の大部分を理解しなかったが、雄生には深刻性がよくわかる。
「綾川さん……アンタ、スゲェ生き様してんな」
「だが、これもまた人生だ。大いに意味がある」
「でも、普通の人生だったならここまで苦しまずに済んだ」
「憐れむな。人が苦痛から学べる真理は山程ある。どんな教育者も教えてくれないことだ」
「倫理的な正しさと、世の中の仕組みは別――ただそれだけのことを、教科書は一切教えないもんな」
眼前の男の達観した理念を、彼はただただ見上げるばかりであった。




