夢
「オニイチャン……コロシテ……」
雄生の目に、暗闇の中で苦しむ雪吹の姿が飛び込む。雪吹の身は軽くノイズがかかっており、稀に美美の姿に変わる瞬間もある。彼女は今まさに点滅しており、周囲の空間も酷く歪んでいる有り様だ。
「雪吹! 待ってろ! オレがアンタを、必ず助けて見せる!」
そんな決意を口にした雄生は、彼女の方へと手を伸ばす。しかしその指先が触れるや否や、今度は空間そのものが激しいノイズに包まれてしまう。濁った電子音が数多鳴り響くこの場所で、雄生自身の存在も不安定になっていく。
「なんだ……何が起きている!」
無論、その問いに答えられる者はいない。空間は崩壊し始め、彼はその歪みに呑まれた。
雄生が目を覚ますと、そこはメディカル・ポッドの中だった。ホメオスタシスでは修復不能だった炎症は、全て完治している。それは彼からしてみれば、未知の技術でしかない。少なくとも、これは現代医学で為せることではないのだ。
ポッドを出た雄生が最初に目にしたのは、彼方だった。
「お目覚めですか? 御堂さん」
美美の話が本当であれば、この男はすでに望みを叶えたはずだ。ゆえに雄生は困惑する。
「何故、アンタがここに? もう、恋人を蘇生できたんじゃないのか?」
そう訊ねた彼は、怪訝な顔をしていた。当然ながら、彼方がここに来たことには大いに意味がある。
「結論から言えば、私の恋人は意識を取り戻しました。ただし、それは記憶を喪失した状態でのことです」
「そうか。つまり今度は、恋人の記憶を取り戻すために戦うわけだな?」
「ええ、いかにも。闇医者である私ですら手に余る状況です……ラディカル・ゲームを頼る他ありません」
そう――この街のゲームマスターには、医療を超越した力があるらしいのだ。それが曲解によるものか、あるいは科学技術によるものか――それは定かではない。ただ一つ言えるのは、いずれにせよゲームマスターの力が絶対的なものであるということだ。
次に雄生が興味を持ったのは、ラディカル・ゲームの歴史だ。
「これまで、翔也はどうやって生き延びてきたんだ?」
「あの子はベビースキーマを曲解するラディカルですから、極一部のラディカルにしか攻撃されません。この私でさえも、彼に攻撃することなどできません」
「アンタにも、できないことがあるのか」
今のところ、彼の知る限りでは、彼方に不可能などほとんどない。こと戦闘において、彼方が意のままに振る舞えないことは実に意外である。さりとて雄生が気になるのは、先述の「極一部のラディカル」の存在だ。そこで彼方は、説明を続ける。
「一方で、抜山蓋世は耐性を対象としたラディカルです。曲解の影響を受けない彼は、何度もあの子を倒そうとしました」
「あんな年端もいかねぇガキを……ヒデェ大人だな」
「だから私は、あの子を保護することに専念してきました。私の曲解で、あの子を眠らせることで敗退させてきたのです」
相も変わらず、彼の曲解は万能だった。その上、雄生はまだ、その曲解の対象を知らない。
「アンタ、本当に大体のことはできるんだな。アンタの曲解の対象は、さしづめ生理機能か?」
「それはお答えできません。敵対者に曲解を知られることは、このゲームにおいて不利になりますから」
「こんだけ強けりゃ、手の内を少し知られたくらいで負けるようには思えねぇけどな」
「私が最も警戒しているのは、平沢さんです。君も彼女の曲解を見たでしょう? その正体を知ったところで、その脅威にさしたる変化はありませんから」
「……そうだな。体を動けなくする、輪ゴムを実弾のように飛ばす。ただそれだけのシンプルな曲解が、オレたちにとってはあまりにも厄介だ」
平沢ほたるは手強い――それはこの二人の総意だ。
次のゲームも、油断大敵である。




