オートファジー
あれから一時間が経ち、美美は無機質な声で伝える。
「インターバル終了デス。これより、今回のゲームの最終決戦を始めマス」
残る参加者は、雄生と彼方の二人だけだ。メディカル・ポッドを出た雄生は、見違えるように回復していた。この街が持つ不可解な技術は、放射能汚染による傷さえも修復してしまうらしい。
それから病院を出た雄生を待ち受けていたのは、夢宮彼方その人だった。彼はすでに両手にメスを構えており、臨戦態勢だ。雄生もすぐに身構え、それから一気に間合いを詰める。一発、また一発と、彼は眼前の闇医者に強烈な打撃を叩き込んでいく。ここで、彼方の目は赤く光る。そして彼は雄生の攻撃に退きつつも、いつものように淡々と話す。
「御堂さん。君は幾度となく無理な代謝を繰り返しましたね。その反動として、君は今空腹を感じているはずです」
「それがどうした、彼方!」
「オートファジー。君の体は今、自らの細胞を分解し、エネルギーに変換するプロセスを辿っています。今は呼吸が荒いだけで済んでいますが、いずれは痙攣、そして最終的には失神するでしょう」
突如、雄生の動きが鈍り始める。彼の繰り出すラッシュも、旋風脚も、全て難なくかわされてしまう。それだけではない。この時、雄生の意識は朦朧としつつあった。先ずは指先から、じわじわと痺れ始める。それは腕を辿り、そして全身が痙攣し始める。
もはや今の雄生は、立っているのがやっとの有り様だ。
「ゼェ……ゼェ……この症状、オレの体だけじゃない。アンタが……アンタが何かを曲解したんだ!」
「しかし君は、私が何を曲解したのかを知りません。君に勝ち目はありませんよ」
そう断じた彼方は、勢いよくメスを振り回した。雄生の全身に、容赦ない切り傷が刻まれていく。
「また再生してみてください。オートファジーは更に過剰となり、君は失神することになる」
「オレは、妹と再会しなければならない! だから、こんなところで! 負けるわけにはいかない!」
「あまり大声を出さない方が良いですよ。体力を消耗しますし、酸欠にも繋がります。どうです? 今の君は、上手く呼吸できていますか?」
無論、事実は火を見るよりも明らかだ。力を酷く消耗した雄生は、すでに高度の発熱にうなされている。そのおぼつかない足取りが崩れ、雄生はついに倒れてしまう。
「勝負、ありですね」
「まだだ……まだ終わってねぇ!」
この青年は、そう容易に敗北を認める性分ではない。雄生は自らの身を無理に再生させ、それから勢いよく血を吐いた。すでに満身創痍を極めている彼に反し、彼方はまだ頬にかすり傷を負っている程度だ。その傷も、ほたるという強敵につけられただけのものである。とどのつまり、両者の間には高い壁がある。突如、その場はノイズのようなものに包まれ、美美の声が響き渡る。
「お兄ちゃん、もうやめて! 降参して!」
その声は、決して鮮明とは言えなかった。言うならば、これは美美の不具合に他ならない。して、雄生は彼女の警告に逆らおうとする。
「黙ってろ、美美! オレはアンタの兄じゃねえ! オレは、ラディカル・ゲームの参加者だ!」
大声を張り上げた彼は、おもむろに立ち上がった。その執念たるや、まさしく修羅のそれと言えよう。あるいは、狂戦士と呼ぶに相応しいかも知れない。
「ならば、私が終わらせてさしあげましょう」
そう呟いた彼方は、眼前の狂戦士の首筋をメスで切りつけた。雄生は再び、崩れ落ち、気を失う。
「御堂雄生、夢宮彼方の攻撃により戦闘不能デス。これより、転送を開始しマス」
――彼方の勝利だ。それから雄生の転送が始まり、数瞬の沈黙が生まれた。その沈黙を破るのは、背後から聞こえてくる拍手の音だ。
「優勝おめでとう、彼方」
そう告げた男は、只者ならぬ雰囲気を醸していた。




