第159話 エピローグ⑧ 黎明四星の卒業式
桜坂中の夜は、卒業式の余韻だけが残っていた。
昼間に抜け出して、雷門で殴り合って、
三中の屋上で礼をして、峠で排気音を響かせて、
道場で「軽く」なんて嘘みたいな距離を交わした。
その全部を終えて戻ってきた校舎は、
昼間の喧噪が嘘みたいに静かだった。
——その校庭に、エンジン音が集まってくる。
最初にゼファーが滑り込んだ。
天凪一琉が軽く片足をついて停めると、
続けてガンマ、カタナ、原付が並ぶ。
さらに遠くから、軽トラのはずなのに、
“軽トラじゃない”咆哮――阿修羅號が近づいてくる。
暴動鉄騎隊はそれぞれの単車、
阿修羅號の荷台には薔薇乙女會の一般隊員がぎゅうぎゅうに乗っている。
薫子は自前の英国車カスタムで、降り立つ動作まで妙に上品だ。
雷門勢は原付と徒歩で、ぞろぞろと入ってきた。
「……ここが“嵐の中心”ってやつか」
山吹イミナが先頭で、校門を抜ける瞬間だけ、桜坂中を見上げる。
「先公にはバレねえのかよ?」
「……バレてると思う」
梨々花がぼそっと言う。
スマホをポケットに仕舞いながら、肩をすくめた。
「でも見て見ぬふりしてる。だって“黎明四星”だから」
桜坂中は、街の中でも妙に被害が少ない。
暗夜會の手が伸びづらかったのか、
伸ばそうとしても折られてきたのか。
どちらにせよ、先生たちも分かっている。
煙の母が学校に押しかけてきたときも、凪嵐が追い返した。
授業は普通に受けて、問題は起こさない。
強い相手とだけ戦う本格派。しかも一琉は優等生だ。
だから、今夜。
校庭にこれだけ集まっても、校舎の窓は開かない。
卒業式のあと。
最後のけじめを終えた先輩たちが、
各々の進路へ散っていく前の夜。
朝礼台の前に、皆が自然と集まった。
凪嵐十字軍。薔薇乙女會。暴動鉄騎隊。雷門中。
“黎明四星”と呼ばれた、あの一晩の連合が、最後に揃う。
一琉は金属製の朝礼台に上がった。
靴底が音を鳴らす。
「……集まってくれて、ありがとう」
誰かが茶化すでもなく、静かに聞いた。
「今日、みんなそれぞれのケジメをつけた。
……送別タイマンって、そういうものだよね」
「お前が言うと、妙に真面目やな」
煌莉が笑う。
雷門勢が「分かる」とか「意外」とか小声でざわつく。
薫子は咳払いひとつして、場を締めた。
一琉は笑い、少しだけ息を吸って――言った。
「黎明四星は、今日で解散にしよう」
一瞬、静寂。
でも驚きはない。
誰もが分かっていた言葉だからだ。
「僕たちは暗夜會に対抗するために生まれた連合だった。
……その暗夜會は、もう終わった」
梨々花が小声で補足するみたいに言う。
「幹部――六道鬼は全員、少年院行き。
……“連合として戦う理由”は、もうない」
イミナが、先に笑った。
「……だろうな。連合ってのは、
目的が終わったら残っちゃダメだ。
残ると、今度は“目的”を探し始める」
夏菜がニヤリとする。
「雷門の番格、急にいいこと言うじゃん」
「うるせ」
「みんな、それぞれの道がある」
春の夜は冷たい。けど、卒業の匂いがする。
「薔薇乙女會は、次の舞台へ行く。鉄騎隊も、雷門も――」
一琉の視線が、ひとつずつ止まる。
「――中三のみんなは、卒業していく」
煌莉が指を立てた。
「うちら、工業科や。ちゃんと“整備の勉強”する。
暴動鉄騎隊も、一緒にな」
「私たちは、聖リリアン高等部で、薔薇乙女會の続きを」
薫子の言葉は軽いのに、芯が硬い。
地獄を見ても折れない声。
イミナは、肩をすくめる。
「アタシは県外だ。心残りも燃やし切った。未練は無え」
「……うん」
一琉が頷く。ちゃんと受け取った。
「それぞれの進路へ行く。
……普通のことだ。
——それが、勝ったことよりもずっと嬉しい」
一琉は、自分の後ろに立つ凪嵐十字軍の仲間を、ちらりと見る。
凪嵐十字軍は中学二年生、煙だけは中一だ。
静は、相変わらず無表情。
夏菜は、笑いそうで笑わない顔。
鷹津は、腕を組んで空を見る。
煙は――少しだけ、落ち着かない。
「凪嵐十字軍は、残る。ここに残って、この街で生きる」
薫子が桜を見上げて、いつもの調子で言う。
「けれど、縁まで切るわけではありませんわよね?」
「うん」
一琉が頷く。
「僕らは、それぞれの場所に戻るだけ。
……でも、ここで一緒に戦ったことは、なくならない」
一琉は、ゼファーの鍵を握りしめる。
「……連合はここで解散だ」
言い切ってから、少し間を置いた。
言葉が軽くならないように。
「でも」
一琉の声が、ほんの少しだけ震える。
「みんなと一緒に戦ったこと、僕は一生忘れない」
「そらそうや! 忘れたら殴るで!」
煌莉が先に叫んだ。
薫子が扇子を閉じるみたいに、きっぱり言う。
「記憶に刻みなさい。――誇りですわ」
「……ちっ。泣かせにくるなよ。ガキのくせに」
雷門のイミナが、照れ隠しみたいに舌打ちして、言った。
「——でもな。一琉。ひとつ言っとく。
……お前らの時代が来る」
その言葉が、校庭に落ちる。
薫子も、煌莉も、雷門中の面々も――同じ顔をした。
「せや。うちらは卒業。
お前らは……ここからが本番やろ」
薫子も頷く。
「凪嵐の時代ですわ。……いえ、
“凪嵐四天王”の時代、と言うべきかしら」
その言葉に、煙が一瞬だけ眉を動かした。
夏菜がニヤリと笑う。
鷹津が「やめろよ、その呼び方」と言いながら、否定しきれていない。
静だけが、いつも通りだった。
煙が、黙って地面を見ていた。
桜の影が頬に落ちる。
その横顔は、もう“狂犬”じゃない。
煌莉が、拳を突き上げる。
「ほな――解散式や!
勝手に名乗った連合やけど、
最後くらいは勝鬨あげよや!」
薫子がすぐ乗る。
「賛成ですわ! 黎明四星――!」
雷門勢も、薔薇乙女會も、鉄騎隊も、凪嵐も、自然に拳を上げた。
「――黎明四星!!」
夜の桜坂中に、声が響く。
「黎明四星!!!」
声が重なって、夜の桜坂中に響いた。
そして、そのまま――自然に散っていく準備が始まる。
単車のエンジンが一台、また一台と目を覚まし、
校庭の外へ向けて光を伸ばす。
連合は解散する。
でも、あの夜に並んだ背中は、消えない。
凪嵐十字軍の“次”が、もう始まっていた。
それは勝利の叫びで、別れの合図で、
そして――次の時代への、スタートの音だった。




