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貞操逆転ヤンキー世界のワケありヒロイン  作者: くにねむりと
第2章 静かに見守る影
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第13話 午後五時のメロンパン

午後四時半。


放課後の空はまだ明るく、街路樹の影がアスファルトの上に淡く伸びていた。



制服のままの天凪一琉は、パン屋「カノン」の裏口を軽くノックしてからドアを開けた。

甘い小麦とバターの匂いがふわりと迎えた。


「おつかれさまでーす」


「あっ、一琉くん来た!」

カウンターの奥から、店主の娘が笑顔で手を振る。

二十代前半、明るいエプロン姿がよく似合う。


「今日はね、メロンパンがやたら出てるよ。並べてくれる?」


「了解です。包みは二重にしておきましょうか?」


「わ、気が利く~! もうベテラン接客だねぇ」


一琉は照れたように笑い、慣れた手つきでエプロンを巻く。

髪を後ろで束ね、袖をまくると、すっかり“店の顔”の表情になる。



バックヤードの棚からトレーを抱え、値札の札束、タイマーを確認してから売り場へ向かう。


店内に広がる、バターと砂糖の香り。

ディスプレイ棚に黄金色のメロンパンが並ぶ。

表面の網目がぱりっと割れて、湯気がまだ息をしている。



軽く口角を上げながら、一琉は自然体で客と会話を交わす。


「この時間、近くの中学の子たちが多いんですよね」


「うん、一琉くんが来てから明らかに増えたよ。なんかこう……華があるからさ」


「それで売上が伸びるなら、お安い御用です」


笑いながら答える声には、柔らかい響きがあった。

表情も、動作も、まるで何年も接客をしてきたような落ち着きがある。


しかし、彼のまわりには、いつも“目に見えない誰かの気配”があった。



午後五時を少し過ぎたころ。

ドアのベルが、ちりん、と控えめに鳴る。


入ってきたのは、一人の少女。

制服の上にパーカーを羽織り、ポニーテールが少し乱れている。


抜き身の刀のような鋭い気配。


守屋静――学校では“音無し”と呼ばれる二年生。

だが今の彼女は、ただの一人の客を装っていた。



店内のざわつきが、ほんの一瞬だけ止まる。

(……あっ、あの人。また来てる)

常連の女子たちがチラリと視線を見やる。


静は一言も発さず、トレーとトングを手に取った。

クロワッサン。

ミルクフランス。

チーズパン。

棚を何度も往復しながら、迷うようにパンを乗せていく。



――そして、視線が合った。


「あ、いつもありがとうございます。

焼きたてのメロンパンも追加で並べますね」


静の肩がびくりと震えた。

カウンター越しの声。

いつもの、柔らかな笑顔。


「……ぅ、ぅん」


蚊の鳴くような返事。


顔をそむけ、さらにパンを追加する。

トレーの上には、すでにパンが六つ。



一琉は少し首を傾げる。

(そんなに食べられるのかな……いや、家族に、かな)


けれど、彼は何も聞かない。

ただレジに立ち、淡々と袋詰めをしていく。


受け取る瞬間、静の手が袋をぎゅっと握った。

その微かな力に、一琉は気づいていた。



静が出ていったあと、店の空気がまたざわめきを取り戻す。

カウンターに残った女子高生の客たちが、ひそひそと話し出した。


「ねぇ……あの人、また来てたよね。めっちゃ強そう」

「でもパンめっちゃ買ってた。ギャップ……」


一琉は苦笑しながら、手を止めずに紙袋を整える。

レジ横のレシートがかさりと揺れた。



閉店後。

照明が少し落とされ、パン棚の残りを片づけながら、

店主の娘がぽつりと言う。


「最近来てるあの子さ、無口だけど……なんか緊張してるよね」


「……あの人、パンが好きなんですよ。きっと」


一琉はそれだけを言って、モップを手に取った。

声の調子は淡々としているのに、その背中にはどこか“分かっている”静かな優しさがあった。

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