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王宮の獣護   作者: 夜夢子
第4章

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野営戦 ー開戦2ー

【登場人物】

アンナ…第四軍所属。四軍の中では唯一の女兵士。大きな垂れ耳が特徴的な犬獣人。重力を操る能力をもつが、まだコントロールが難しい。そのため、同じ境遇のフーリェンによって四軍に引き入れられた。

闇が深まるにつれ、森の空気はいよいよ冷たく張り詰めていく。葉擦れの音さえ鋭く耳に届く。野営地中央の丘――草と土の匂いが混ざる開けた場所に設置された本部には、一人の少女が身を潜めていた。


第四軍の兵士にして、今夜の“フェルディナ軍の大将”に任じられたのは、犬獣人のアンナ。重ねた手は土にまみれ、膝を抱えてうずくまるその肩は微かに震えている。


「……大丈夫。深呼吸。……大丈夫……」


自分に言い聞かせるように、小さく呟く。震えが止まらないのは、緊張のせいだけではない。彼女の持つ“重力操作”という力は、強大であるがゆえに恐ろしく、これまで幾度も暴走しかけた経験がある。その記憶は、今なお彼女の心を縛っていた。


それでも、今夜は逃げられない。この任務は自身の上官であるフーリェンからの命――あの寡黙な隊長が、真正面から自分へとかけた言葉が、まだ胸に焼きついている。


「これは模擬戦だ。だからこそ、普段やらないことをやれ。…お前の力を、全て出せ」


怯えていることは見抜かれていた。それでもなお託された“大将”という任務が、彼女の小さな背に大きな責任を乗せていた。


「……怖くないわけじゃ、ない。でも」


震える拳が少しだけ力を帯び、垂れた耳が僅かに立ち上がる。不安と決意が入り混じる眼差しは、ゆっくりと夜の森を見据え始めていた。


その頃、森の南方――倒木の陰に身を預けていたのは、アスラン軍の大将、狼獣人のヘルガーだった。その目は鋭く、鼻は風の流れを読むように僅かに動く。


「……動き始めたな」


森の奥。アスラン軍もまた複数の小隊を放つ中、中央に陣を構えるヘルガーの部隊は、早くも陽動部隊の動きに反応していた。


「……猫科の匂いが強いな。四軍混合、か?」


狼獣人の鋭い嗅覚が、風に乗って漂う匂いを拾う。しかし、その先頭に立つ雪豹の正体までは掴めない。


「……各軍の特徴から見て、陽動にはフーリェンが出てくると踏んでいたが……」


そう名を口にしながらも、ヘルガーは仲間が捉えた情報を整理する。陽動の先陣を切るのは豹獣人。この豹は、自身の把握していない兵士なのか、あるいは――。アスラン側の判断は迷いの中にあった。


「だが、あの動き……指揮を取っているのは間違いなく手練れであることに変わりない」


目を細めたヘルガーは、控える仲間たちに静かに命じる。


「第一展開はそのまま維持。斥候班は中央を避け、東側へ回り込め。印を探すのが先だ」


印。今回の戦の勝敗を分ける鍵は、たった一つ。敵の大将が持つ“目印”だ。アスラン側も、フェルディナ軍の“本物の大将”を探すため、さまざまな手段を展開していた。


この混戦の中で、誰が“要”を守り、誰が囮かを見抜けるか。夜の森は、風も音もすべてが敵味方の境をぼかしてゆく。その中を、無数の足音と息遣いが交差し、戦の幕が静かに、しかし確実に上がりつつあった。


そして、同時刻。フェルディナ側の各小隊は、それぞれの特性を活かして索敵と防衛の動きを進めていた。ある隊は、北側の高台から地勢と風を読み、音なき“気配”を察知しようとしていた。ジンリェンの指示は簡潔かつ論理的で、兵たちは視覚ではなく聴覚と肌で森を読む。


「風下に回れ。音を逃すな」


短いその言葉に従い、兵士たちは気配を感じ取ろうと耳をすまし、足音を消して進んでいく。森の中央を進む小隊は、シュアンランの指揮のもと、部隊を三つに分けて機動を展開。そのうち一つはあえて派手に動いて敵の注意を引き、残る二つが別方向から静かに回り込む。一方、第三軍の配率の高い隊は、まったく逆の手段に出ていた。


「おい猪ども! 怪しいと思ったら問答無用で潰せ」


ランシーの豪快な声と共に、屈強な男たちが一直線に敵の拠点を割りにかかっていた。奇襲も隠密もお構いなし。力で抑え込み、直接“印”を確かめに行くという強引な作戦だったが、効率は悪くなかった。


フーリェン率いる陽動部隊はすでに敵前方に姿を現しつつあった。雪豹の姿と化した彼は、後方を振り返ることなく一直線に林間を駆ける。その後ろに続く猫科の獣人たちは、気配を抑え、風に溶けるようにして一帯を駆け抜けていく。どこか楽しげに、けれど確かに戦の中にいる目をして。


すべては、ただ一つの“印”を見つけ出すため。


風が揺れ、枝が鳴る。


闇の中、見えない火花があちこちで散り始めていた。

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