野営戦 ―囮―
【登場人物】
アドルフ…第二軍所属のヒューマン。フェイクの1つを任されている。
闇黒に灯った複数の炎が、風に揺れながら明滅を繰り返す。アスラン軍の遊撃隊がその一帯に迫る中、ヘルガーの耳に伝令が届いた。
「南東斥候班、敵小隊と接敵。戦闘に入っています」
「犬獣人の能力持ちが指揮を執っている模様」
突如として浮かび上がった炎。そして雪豹を筆頭としたフェルディナ軍の陽動隊によって中央から目を逸らされたアスラン軍は、外縁部での接敵を余儀なくされていた。その一つが、第一軍副隊長ライヤンの小隊である。
こちらが攻勢に出ようとした矢先に、複数の箇所で戦闘を起こさせる。完全に、誘導されてる。ヘルガーはそう内心で認めながらも、続く報告に耳を傾けた。
「報告! 遊撃班が『印』を確認!」
ヘルガーの瞳が鋭く細まる。
「印持ちは指揮官か?」
「はい。ですがフェイクかと。動きに迷いがなく、わざとこちら側に見せつけているように思えます」
「囮か」
フェルディナ陣営の印持ちには狙われても問題のない者を配している――それだけの余裕がある、と。
彼は即座に判断を下した。
「確認済みのフェイクを順に潰す。真を探るより、まずは可能性を減らす方が早い」
“探す”から“削る”へ――。森の中に散らばる光の一つひとつを、確実に消し去るために。
「印持ちがいる小隊に予備の遊撃隊を投入しろ」
「了解!」
――――
同時刻、アスラン軍側中腹。
広葉樹林の大木が密集するその隙間から顔を覗かせるのは、第二軍副隊長――ヒューマンのアドルフだった。腰には銀に輝くタグが吊るされている。森の湿気と遠くで燃える火の匂いが交錯する中、彼の目は周囲を鋭く見渡していた。
アドルフの受け持つ小隊は、「偵察」と「状況分析」に特化した部隊である。此度の戦では陽動を担うフーリェンの部隊の裏でアスラン軍の中腹部まで静かに進行していた。
脳裏に描いた地形図に風の流れや草木の揺れを一つひとつ書き加えていくように、アドルフは敵陣営の情報を記憶していく。重圧に押し潰されることはない。むしろ、その責任の重さを噛み締めながらさらに一歩、前へ足を踏み出す。
「副隊長ッ!」
右後方から、仲間の隊員が転がるように戻ってきた。その表情には明らかな焦りの色が走っている。
「南東方向から敵の小隊が接近中。恐らくこちらを狙っています!」
やはり気付かれた。アドルフは一拍も置かず、静かに手を挙げた。
「予定どおりだ」
想定済みの事態。偵察が敵に発見された場合――小隊の任務はただちに『囮』へと転化される。
「全員散開。囮として戦線を引き伸ばせ。連中の足を止められるだけ止めるぞ」
ここから先は、いかに敵小隊を引き付けられるかの勝負となる。
声は張らず、しかし命令は鋭く飛ぶ。
「本部に伝令。『東部アドルフ班接敵中』だ」
「了解!」
木々の向こうから、獣の気配が迫っていた。狼、豹、虎。アスラン軍の遊撃兵たちは、音もなく包囲網を築いている。
「一度目を引いたら即座に退け。再接近は俺が合図を出すまで待て」
アドルフ自身はわざと草を踏みしめて前に出た。その動きに金に輝く獣の目が一斉に集まる。
「印保持者、視認! 包囲を狭めろ!」
アスラン軍の狼獣人が叫び、包囲が一気に縮まる。だがそれもアドルフの狙い通りだった。彼が身を翻した直後――斜面の下、倒木の陰から閃光が走る。待機していた隊員が投げ込んだ閃光玉が、一帯の視界を奪った。
「全班後退! 斥候班、誘導線を張れ!」
彼の指示により、兵士たちは茂みに身を隠しながら退避ルートを切り替えていく。完全な撤退ではない。敵を引きつける範囲での、意図的な”引き延ばし”。
木の根元に身を伏せ、アドルフは自身の獲物を手に握った。




