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王宮の獣護   作者: 夜夢子
第4章

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野営戦

三日目。南門の外は静寂に包まれていた。


整列するのは総勢二百の兵士たち。各軍の色を纏い、出発の時を待つその目は真っ直ぐに前を見据えている。


そんな群れの中を、ジンリェンは最前列から眺めていた。


ぐるりと全体を見渡していくと、見慣れた狐耳を見つける。


若年兵集団の中心。肩を僅かに落としながらも、整然とした隊列の流れを見守る弟の姿に、つい口元が緩みかける。


よくやっていると、心中でそっと呟く。人前で滅多に感情を出さないフーリェンに宿る緊張の色を、兄であるジンリェンは読み取っていた。


やがて気配が一つ隣に現れる。視線を向ければ、そこに立っていたのはヘルガーだった。


「今日が本番だ。ここまでは序章に過ぎん」


ジンリェンはその言葉に薄っすらと笑みを浮かべる。


「お互い、手を抜かずにいきましょう」


互いに無言で頷き合う。そして二人はそれぞれの陣営へと静かに歩を進めた。


号令が響いたのは、日が完全に顔を出す前のことだった。


「フェルディナ軍、前進!」

「アスラン軍、続け!」


その声に合わせて、王国軍が動き出す。列の先頭を担うのは第一軍の隊長であるジンリェン自身だった。馬を使わず、すべての兵が徒歩で移動する。それは実戦さながらの行軍であり、兵士たちの体力と隊列の練度を試す一環でもあった。彼の後ろには第一軍、第二軍と続き、さらに第三軍、第四軍、アスラン軍が長く連なる。


ジンリェンはちらりと背後を見やった。後方にいる弟の姿を目で追う。


第四軍の行軍は他軍に比べて音が少ない。足並みが乱れることもなく、荷車の揺れも最小限に抑えられている。


風に揺れる白髪と冷静な琥珀の目。今や最前で兵たちの指揮を執るその姿は、兄の背に隠れ、他者の気配に身を強張らせていた頃の面影を遠い記憶の中に追いやるほどだった。


同じ姿形をした兄弟でも、歩んできた道はぴたりとは重ならない。  


背に宿すものが違えば、辿り着く場所もまた違う――そんな当たり前のことを、今さらのように思い知らされる。


それでもなお前を向く弟のことを、ジンリェンはどこか誇らしく感じるのだった。


――――

目的地に到着した一行は、地形の確認もそこそこに設営に取りかかった。


「第一軍、北側丘陵に展開。天幕は風下。布は低めに張れ」


ジンリェンの指示は簡潔で早い。それでいて、的確に全体を動かす力を持っている。


設営中も彼の目はよく動いた。味方の陣を確認しながら、アスラン軍の布陣も遠目に把握する。アスラン軍の動きは静かで柔軟。ヒトより気配を読むのに長けた獣たちは、少ない指示で配置を整えていた。


そして――


「第四軍、杭を二重に打て。風が西から強くなる」


風に乗って弟の声が聞こえてくる。そちらへと視線を向ければ、風に靡く布の陰から、フーリェンが布幕を自ら張っている姿が見えた。小声で都度指示を出す彼に従いながら、設営に手間取っている場所には手の空いた兵士たちが集っていく。かつて自分が第一軍を任された時とは、また違う統率の形。


けれども、それは劣るものではない。むしろ――


「良い軍になったな」


呟きながら、ジンリェンは己の持ち場に視線を戻した。


第二軍はシュアンランの指揮のもと既に準備が終わり、本部の設営が進められていた。


「杭こっち! おい、そこじゃない!」


第三軍の天幕群からは笑い声が聞こえてくる。ランシーの豪快な声に、屈強な男たちが冗談を飛ばしながら杭を打っていく。


各軍の個性が、設営という作業の中にも色濃く表れていた。やがて太陽が天頂を越える頃、野営地には整然とした陣形が完成した。風の通り、陽の射し方、そして視界。それぞれの隊が最適な位置に身を落ち着けている。


その中心。小高い丘の上に設けられた大天幕には、四名の直属護衛が集まっていた。


「日没と同時に開始、明朝には撤収。分かっていると思うが一度きりの本番だ」

「確認するぞ。形式は『大将戦』。各陣営の大将一名に『印』が与えられる。その印を奪った陣営の勝利だ」


ジンリェンが卓上に置いたのは、光を鈍く反射する銀のタグ。装飾はなく、戦場で視認しやすい程度の意匠が施されていた。


「ただし、今回は趣向を加える。フェイクを複数用意してある。どれが本物か、敵陣営には分からない」

「本物の大将以外にも、同じ印を付けた囮がいるというわけだよな」


シュアンランが確認するように言った。


「その通りだ。囮は最大で四名。フェルディナとアスラン、双方に配備される。実際に本物を知るのは、各陣営の指揮官のみとする」

「フェイク自体は各軍から選抜した者が付けるが、大将については俺たち直属護衛、あっちではヘルガー殿以外が担う。俺たちはあくまで補佐、あるいは指揮に回る役だ」

「開戦後の移動、追跡、偵察は自由だったよね」

「つまり、伏兵、奇襲、擬態なんでもあり……と」


地図上の地形を指の腹でなぞりながら問いかけたフーリェンに、ランシーはにやりと笑う。


「獣も人も、狩りをするときは静かだ。今回の野営戦は力じゃない。戦術のぶつかり合いだ」


静かに告げるシュアンランへと同意するようにジンリェンは頷いた。


「相手はアスラン。当たり前だが全員が獣人で能力に長けている。戦場慣れもしている。だが、戦場慣れについては俺たちも同じだ」


ジンリェンはそう言って、三人を順に見渡した。


「一夜限りの戦だ。勝つぞ」

「「「了解」」」


四つの拳が机上でぶつかる。


空はまだ青いが、その色は徐々に夕闇へと傾き始めていく。


夜が来る。


野営戦が、始まろうとしていた。

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