合同訓練2
二日目の合同訓練は早朝から行われた。
この日王国側から訓練に参加したのは第二軍。少数ながら遊撃、支援、陽動とどこに充てても即応できる柔軟さと強さを誇る部隊である。指揮を執るのは第二王子直属護衛であり、氷の力を操る狼獣人シュアンラン。
アスラン側もそれに応じるように最も動きに優れた精鋭隊を投入。その先頭に立つのは同じく狼獣人のヘルガーだった。
「――配置につけ」
短い指示に第二軍の兵士たちは一斉に展開する。陣形は流動的。固定した布陣をとらず、敵の出方に合わせて柔軟に変化することを前提とした配置。対するアスラン兵たちは、やや広がるような陣形で前に出る。静かに歩を進めるその様は、まるで霧の中から忍び寄る影のようだった。
「出ろ」
その命令に左右から仕掛けていた別班が飛び出す。それと同時にシュアンランはヘルガーへと氷剣を振るった。氷の力が交錯する。地を這うようにして滑る冷気が、地表を白く凍らせた。
「ずいぶん、腕を上げたな」
「言ったろ。次は負けないって」
氷を砕く音が響き、剣と剣が交差する。能力を極限まで磨いた者同士の攻防には無駄がなく、それでいて苛烈だった。
こうして氷狼たちが激しくぶつかり合った二日目の訓練は、太陽が頂へと登ったところで終了となった。
いつの間にか兵士たちの影は見えなくなり、数刻前で続いていた訓練の余韻が微かに空気を震わせている。汗と土の匂い、そして地面に残る冷気。すべてが、今日の訓練の濃密さを物語っていた。
そんな霜の残る訓練場では、年若い兵士たちが声をかけ合いながら片付けに励んでいた。
「槍立て、奥の倉庫へ運んどけ」
「テントの杭、一本抜けてる。誰か確認を――」
「行きます!」
その中心にいるのはフーリェンだった。指示は端的に、声を張ることもない。
しかし、誰一人として彼の言葉を取りこぼすことはない。それは日々積み重ねてきた訓練の賜物であり、何より彼自身が隊の中で築き上げてきた信頼の証だった。
「盾は数を確認してから運べ。端のが欠けていたはずだ」
「今確認します!」
彼の声に応えるように豹の青年が慌てて走り出し、仲間が笑いながら手伝いに向かう。
「……風が強くなってきたな」
そう呟きながら、フーリェンは足元に転がっていた槍を拾い上げた。そのまま風に煽られる布幕に目をやる。手早く幕の端を掴み、くるくると腕に巻き取っていく。
揺れる布幕をすべて回収したところで、背後から視線を感じた。
振り返った先、訓練場の入り口。そこに、アスラン王国の軍装を纏ったひとりの男が立っていた。深い灰色の毛並みと澄んだ黄金の眼。獣の群れを率いる狼の将。
「ヘルガー殿だ」
誰かが小さく呟いた。
兵士たちが緊張の面持ちで一礼する中、ヘルガーはゆっくりと歩み寄ってきた。
「言葉を交わすのは、初めてだな」
低く落ち着いた声が、風を切って届いた。
「お声がけいただき、光栄です。ヘルガー殿」
そう言って頭を下げれば、「楽にしろ」と声が振ってくる。
「昨日の……第四軍の訓練を見た。よく磨かれた動きだ」
言葉に皮肉はなかった。そんな彼の純粋な賛辞に小さく礼を言う。窺うように顔を上げれば、その黄金とかち合った。
「お前は五年前の個人戦にはいなかったな。シュアンランから兄の方が出ていたと――」
ヘルガーはそこで言葉を止めた。そんな彼の視線にならうように右手側へと顔を向けると、白狐がこちらへと向かって歩いてきていた。
「ヘルガー殿。まだ残られていたんですね。……フー、先に新兵たちは兵舎に帰したぞ」
荷物くらい俺に任せればよかったのに。耳元でそう囁くジンリェンと自然と横並びになる。
「……なるほど。そういうことか」
ふいに呟かれたその言葉に揃って首を傾げる。何を、と尋ねようとして、その前に彼は続けた。
「顔合わせの時は双子だとは気づかなかった」
えっ、と。思わずふたりして反応してしまう。今まで似ていると言われ続けてきたこともあって、純粋に驚いた。
「すまない。しっかりと顔まで見ていなかったものでな」
「いいえ。……始めて言われたのでどう返していいか俺もこいつも分からなくなっただけです」
そう言って肩をすくめてみせるジンリェンと目を合わせる。彼の琥珀の中の自分は、やっぱりと言うべきか同じ顔をしていた。
「えっと、……僕が弟で、ジンリェンが兄です」
「そうか。となると、弟が第四軍の隊長で、兄が――」
フーリェンが兄の代わりに言葉を添えると、ヘルガーはジンリェンの肩章と紋章を見やり、そこで口元を引き結んだ。
「第一軍の隊長というわけか。お前たち、どれだけ狭き門を並んでくぐったんだ」
「運が良かっただけです」
「どれほどの運があろうと、力がなければその門は開かない。……まして、兄弟揃ってなどな」
それにしても、とヘルガーは続けた。
「一卵性か? その割にここまで違う空気を纏うとはな」
弟の方はどこか掴めない雰囲気がある。淡々とした物言いとその表情の乏しさからくるものだろうか。対する兄。こちらは弟に比べれば感情が掴みやすい。能力の関係か、僅かに火の匂いを感じる。
並ぶ双子を前にヘルガーは淡々と違いを指摘していくと、やがてひとり頷いた。
「だが、どちらも戦場において侮れん相手だとよく分かった」
そう言って小さく笑みを見せた彼につられるように、ジンリェンは朗笑した。
「光栄ですね。でも、『侮れない』じゃなくて、『ふたりまとめて厄介』って言われるほうが、俺たちらしい」
その言葉に、フーリェンはほんの僅かに口元を緩めた。
いつの間にか角度を持ち始めた日の光で三人分の影が現れる。
ジンリェンが一歩下がり、槍を肩に担ぎながらひと気の無くなった訓練場へと視線を向ける。その隙を縫うように、ヘルガーは声の調子を落としてフーリェンへと問いかけた。
「気になっていたんだが、訓練中、お前は能力を一度も使っていなかったな」
ヘルガーの鋭い眼光が、まるで氷の奥底から覗き込むようにフーリェンの瞳を捉える。
「剣技も動きも申し分ない。だが『何かを隠している』と、俺には見えた」
フーリェンは答えず、ただ目を伏せた。その沈黙が否定ではないことは伝わったようで、ヘルガーは目を細めた。
「兄は炎だと聞いている。……お前もか?」
やや探るように、しかしその声に敵意はない。
彼の指摘の通り、訓練の中でフーリェンは一度も能力を”見せていない”。しかし”使っていなかった”わけではないのだ。訓練だったから。相手が他国の兵士たちだったから。だから敢えて彼らからは見えない部分――衣服に隠された四肢のみを変えていた。それだけのことである。
フーリェンは小さく頷き、淡く笑みを浮かべた。
「それも明日、分かることです」
大国の軍を率いる長への返答としては、やや無礼だっただろうか。言ってしまってから少し不安にもなったが、彼の顔を見るにその心配はなさそうだった。
「そうだな。明日の野営戦、楽しみにしている」




