合同訓練
獣の群れがフェルディナの地を踏んだ翌日から、合同訓練は始まった。
号令とともに訓練場の中央に並ぶのは、フェルディナ軍とアスラン軍の混成部隊。
第一軍と第三軍から選ばれた兵士たちが前列を占め、後列にはアスラン軍の重装歩兵と遊撃隊が配置されていた。
フーリェンは訓練場の端で静かにそれを見つめる。その隣には、昨日と変わらぬ表情で地図を抱えるシュアンランの姿があった。
「一軍と三軍、いい感じだね」
「屈強な肉体と経験値の組み合わせか。バランスも取れてる。やっぱり安定感あるよな」
「あとはアスラン側の遊撃部隊が、こっちの動きにどう対応するかだね」
そんな中、掛け声とともに模擬戦は始まった。
氷を込めた槍が横薙ぎに振るわれる。それを真正面から受け止めるのは、第三軍の筋骨隆々な兵士たち。
そんな彼らを率いるのは大きな戦斧を担いだ獅子の男。豪快な掛け声と共にアスランの兵士たちを牽制していく。
「そこまで!」
合図とともに、審判係の兵士が腕を上げた。
「……すごいな」
若い兵士がぽつりと呟いた。
「まだ午前なのに、もう二回戦目だって」
「僕たちは午後からかぁ。緊張してきた」
「隊長、俺たちも氷使いとかと戦うんですか?」
休憩のために設けられたテント。フーリェンの周りには自然と第四軍の若者たちが集まっていた。
「氷を扱う相手は避けられない。特に、アスランはその分野に長けている」
そう言いながら、フーリェンは一人一人の顔を見渡す。
緊張している者、落ち着きなく手元をいじる者。そして、今にも前に出そうな勢いの者。
「隊長は前回の合同訓練の時、どうでした?」
「前回は……」
小柄な鼠獣人の青年の声に、フーリェンは記憶を手繰り寄せるように空を見上げる。
五年前。まだ第四軍の新兵に過ぎなかったあの頃。
兄や友人たちの背を追って、必死に食らいついた数日間。
「必死だったな。……アスランの兵たちは、強かった」
でも、とフーリェンは続けた。
「大事なのは、力だけじゃない。何を見て、どう動くか。それを意識することが大事。今日からそれを学べ」
訓練場に、再び号令が響く。
第四軍の若き兵士たちは静かに立ち上がると、割り当てられた役を果たすため散っていく。
その背を見送りながら、フーリェンは首にかけた紋章を強く握った。
次は、己が導く番。五年前出来なかったことはたくさんある。だからこそ、気を引き締め直す。
手の中で銀の紋章が、カチャリと鳴った。
――――
陽が高くのぼり、朝の冷えが嘘のように消えた頃。午後の部が静かに始まった。
アスラン側からは、柔軟な動きと奇襲を得意とする遊撃部隊の兵士たちが選抜された。
対する王国側は第四軍。経験こそ浅いが、若さゆえの勢いと実直さを持つ兵士たちが並んでいる。
「第一班、配置につけ」
低く落とされたフーリェンの声に頷き、兵士たちが散開する。直後、草陰からアスラン兵が音もなく滑り込んだ。
背後を狙った奇襲。しかし彼はくるりと身を翻すと、顔色を変えることなく地を蹴った。
伸びてきた手を掴み、そのまま返す。体勢を崩されたアスラン兵は勢いのままに地面へ叩き伏せられた。
「速いな」
思わず漏れた呟きに、周囲の兵士たちも小さく息を呑む。
フーリェンは地面に転がる兵士を一瞥するだけで、すぐに後方へと目を向ける。
剣を握る若者たちの顔には、隠しきれない緊張の色が浮かんでいた。
「訓練だからと油断するな。敵はいつ、どこから襲いかかってくるか分からないぞ」
続く模擬戦でも、フーリェンは淡々と指示を飛ばしていった。
味方の隙を見れば即座に補い、危うい箇所には自ら前線へ出た。無駄のない動きは静かで、決して派手ではない。
それでも、その場にいる誰もが自然と彼を目で追っていた。
洗練されたその身のこなしには、否応なく視線を惹きつける何かがあった。
「あの指揮官は?」
そんな訓練の様子を木陰から眺めていたヘルガーは、隣に立つ狼男へと声を投げた。彼の黄金の瞳は兵士たちの中心に立つ白狐の青年へと向けられている。
「王国軍第四軍隊長、フーリェン。直属護衛の一人だ」
問いに答えたシュアンランの口調には誇らしげな響きが混じっている。
「……直属護衛、か」
「見覚えはないだろうな。五年前の演習の時はまだ新兵だった」
「五年前……なるほど」
ヘルガーは細く目を眇めた。
「前回は個人戦には出ていなかったしな。それに、第四軍自体も設立されたばかりだった」
「それが今じゃ護衛か」
「そうだ。あの合同訓練を越えてここまで来たってわけだ」
シュアンランがそう言う間にも、訓練場では模擬戦が続いている。
フーリェンが長身のアスラン兵の懐へ滑り込んだ。振り下ろされた一撃を流すように受け、間髪入れず距離を取り直す。動きに無理はなく、力任せな荒さもない。
ただ静かに、最適な位置を選び続けている。
「……無駄な動きがないな。体格で押すタイプではない……が、踏み込む位置が正確だ」
再び視線を向けた先で細身の体躯は絶えず揺らぎ、次の瞬間にはもう間合いの外へ抜けている。
「面白い」
ぽつりと漏れた声に、シュアンランが片眉を上げた。
「何か気づいたか?」
「似た戦い方をする男を知っている」
ヘルガーの脳裏に浮かぶのは、北の砦を守る指揮官の姿だった。
北軍を束ねる、元女王の直属護衛。能力に頼らず、技量だけでその座へ上り詰めた男。
目の前の白狐はその男とよく似た気配を纏っていた。
「……ベルトランの言っていた子狐はあいつか」
なるほど。ヘルガーはそう言うと一人納得したように頷いた。
「さすが大将様だな。そこまで見抜くか」
「隠すつもりもないのだろう?」
「まぁな。こっちとしては助かる。どうせそのうち、お前ともやり合うことになる」
「なおさら楽しみだな」
ヘルガーの双眸に光が宿る。
その一方で、視線を向けられている当人は気づく様子もなく、淡々と兵士たちへと次の指示を飛ばしていた。




