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王宮の獣護   作者: 夜夢子
第4章

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合同訓練

演習一日目


号令とともに訓練場の中央に並ぶのはフェルディナ軍とアスラン軍の混成部隊。第一軍と第三軍から選ばれた兵士たちが前列を占め、後列にはアスラン軍の重装歩兵と遊撃隊が配置されていた。フーリェンは訓練場の端で静かにそれを見つめる。その隣には、昨日と変わらぬ表情で地図を抱えるシュアンランの姿があった。


「第一軍と第三軍、予想以上に噛み合ってるな」


シュアンランが低く言う。


「屈強な肉体と経験値の組み合わせか…前衛の盾としては申し分ねーな」

「アスラン側の遊撃部隊が、こっちの動きにどう対応するかだね…」


フーリェンの目が、アスラン兵の一人を捉えた。


軽装に身を包み、自身の身長よりも大きな長槍を手に、動きの一つにも無駄がない青年。兎特有の大きな耳を伏せたまま、音もなく移動する。フーリェンはその姿を目に負いながらも、何も口に出すことはなく、訓練の様子を眺める。


そんな中、掛け声とともに模擬戦が始まる。氷を込めた槍が、空気を凍らせるような軌跡を描く。それを真正面から受け止めるのは、第三軍の筋骨隆々な兵士たち。額に汗を浮かべながらも、彼らは一歩も退かない。そんな彼らを率いるのは大きな戦闘斧を担いだ獅子の男。豪快な掛け声と共にアスランの兵士たちを牽制していく。


「そこまで!」


合図とともに、審判係の兵士が腕を上げる。訓練場の空気が、一斉に緩んだ。


「…すげぇな」


その光景を見ながら、第四軍の若い兵士がぽつりと呟く。


「まだ午前なのに、もう二回戦目だって」

「こっちは午後からか。緊張してきた」

「隊長、俺たちも氷使いとかと戦うんですか?」


 休憩のために設けられた東側のテント。フーリェンの周囲には自然と第四軍の若者たちが集まっていた。


「氷を扱う相手は避けられない。特に、アスランはその分野に長けている」


そう言いながら、フーリェンは一人一人の顔を見渡す。緊張している者、落ち着きなく手元をいじる者――そして、今にも前に出そうな勢いの者。


「……隊長は、前回の合同訓練の時、どうでした?」

「前回は…」


小柄な鼠獣人の青年の声に、フーリェンは記憶を手繰り寄せるように空を見上げる。繋ぐ言葉は短く、ふいに当時の様子が頭に浮かんでくる。


――五年前。まだ第四軍の新兵に過ぎなかった頃。


フーリェンは、ただ目の前の敵を見て、必死に戦っていた。兄や友人たちの背を追って、必死に食らいついた数日間。そして――今、自分が見送る側にいることを、不思議に思う。


「必死だったな。…アスランの兵たちは、強かった」


でも――

 

「……大事なのは、力だけじゃない」


フーリェンはぽつりと呟いた。


「何を見て、どう動くか。それを意識すること。……今日から、それを学べ」


兵士たちはそれぞれに小さく頷いた。その表情には、迷いや不安が混ざりつつも、確かに意志が宿っている。


訓練場に、再び号令が響く。第四軍の若き兵士たちは静かに立ち上がり、前へと進み始めた。その背を見送りながら、フーリェンは首にかけた紋章を強く握る。次は、己が導く番。五年前出来なかったことはたくさんある。だからこそ、気を引き締め直す。


手の中で銀の紋章が、カチャリと音を立てた。




――――

陽が高くのぼり、朝の冷えが嘘のように消えていく。

午後の部、第四軍とアスラン軍の混成訓練が静かに始まっていた。


アスラン側からは遊撃隊と軽装歩兵が選抜され、柔軟かつ奇襲を得意とする兵士たちが並ぶ。対する王国側は、若き第四軍。経験こそ浅いが、勢いと真面目さに満ちた顔ぶれが揃っていた。


「第一班、配置につけ」


フーリェンの声が鋭く響く。だがその指示には一切の気迫もない。しかし静かに、確かに兵士たちを導く声だった。


アスラン兵が草の影から音もなく滑り込む。そのまま背後から仕掛けようとしたその瞬間。フーリェンの脚が、わずかに地を蹴った。目にも留まらぬ速さで身を翻し、手首をとって体ごと地面に伏せさせる。


「…速いな」


アスラン兵の一人が呟く。


地面に転がる兵士を軽く一瞥し、フーリェンは背後にいる兵士たちに視線を向ける。緊張の面持ちで剣を握る彼らへと、今一度声を投げた。


「訓練だからと油断するな。…敵はいつどこから襲いかかってくるか分からないぞ」


続く模擬戦でも、フーリェンは淡々と指示を飛ばし、時に自ら前線に出ては的確に味方を援護した。彼の動きは決して目立とうとはしていない――だが、目を引かずにはいられない鋭さがあった。


「……あの指揮官は?」


訓練場を高台から見下ろす位置に立っていたヘルガーが口を開き、隣に立つ狼へと問いかける。眼下を見下ろす黄金の瞳は、群れの中心にいる白狐へと向けられていた。


「王国軍第四軍隊長。名はフーリェン。直属護衛の一人だ」


彼の問いに答えたのは、シュアンランだった。


「……直属、だと?」

「見覚えはないだろ。五年前の演習では、まだ第四軍の新兵だった」

「五年前……なるほど」


ヘルガーが目を細める。


「訓練中の若者の一人、ってだけの印象だったはずだ。あの頃の第四軍は、まだ設立されたばかりで半分が訓練兵だったしな」

「それが今や護衛か」

「そうだ。俺たちと同じ、五年前の合同訓練をくぐり抜けて、今ここに立ってる」


シュアンランの声には、僅かに誇らしさが混じっていた。


「……動きが静かだ。余計な気配がない。特別身長が低いというわけでもないが、的確に敵の懐に踏み込んでいく」


ヘルガーは再び訓練場へ視線を戻す。目線の先の白狐はちょうど、アスラン兵との一対一の模擬戦に移っていた。細身な体躯が、長身のアスラン兵の懐に滑り込む。一撃を捌き、すぐに間合いを取る。無駄な力も、無用な挑発もない。あるのは冷静な判断と、瞬発力。


「……面白い」


ヘルガーの声が低く漏れる。


「かつて戦った中で、あの動きをする奴を俺は一人しか知らない。あいつは、…ベルトランの所の出か」


ヘルガーの脳裏に浮かぶのは、北の砦を守る一人の男の姿。堅牢な北軍を束ねる、元女王の直属護衛。赴く度に顔を合わせるその男のことは、よく知っている。能力に頼ることなく己の技量のみでその地位へと上り詰めた北の砦の指揮官と、視線の先にいる白狐は同じ動きをしていた。

 

ヘルガーの言葉に、シュアンランは小さく鼻を鳴らした。


「さすがはアスラン軍の大将様ってわけか。全部お見通しだな。まぁ、こっちとしては、お前がその目で見てくれて助かる。いずれ模擬戦で相手することになるからな」

「……ならば楽しみだ」


ヘルガーの瞳が鋭さを増す。


そして、その先に立つ者――フーリェンは、淡々と仲間の後ろに立ち、再び指揮の言葉を投げていた。

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