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王宮の獣護   作者: 夜夢子
第4章

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【登場人物】

ヘルガー…アスラン王国・王国軍を率いる大将。シュアンランと同じ狼獣人で、氷の能力を持つ。

夜の名残を抱えた空がゆっくりと淡い光に染まり始めていた。明け方、王宮の北門では、重々しい蹄の音が響き渡っていた。青銀の軍旗を掲げ、整然と門をくぐったその部隊には一寸の乱れもない。その動きひとつで、戦地を何度もくぐり抜けてきたことを感じさせた。


アスラン王国軍。


国土を氷雪が覆うその大地からやってきたその一団は、全隊が獣人で構成されている。国民の半数以上を狼獣人が占めるアスラン王国とは、友好国として度々交流を重ねている。


その到着を、城壁の上からひときわ鋭い視線が見下ろしていた。


「……こうして見ると、威圧感があるな」


セオドアが静かに笑う。彼の隣ではルカが手すり越しにじっと軍の動きを見つめていた。肩には金糸の房を飾った軍外套。口元には、穏やかながらも警戒の色が見える。


「配置は完全に軍式。こちらへの礼儀もありますが……、見せつける意図も感じられますね」

「フェルディナの第三軍と、どちらが堅いと思う?」


背後からの問いに、セオドアが眉を上げた。振り返れば、軽装に身を包んだユリウスと護衛のランシーがいた。


「堅さでは互角だが……色味がない分、あっちの方が冷徹に見えるな」


そう言いながら再び獣たちへと視線を戻す第二王子の声を聞きながら、壁際に立っていたフーリェンもまた、無言でアスラン軍の進軍を見つめていた。


彼らの視線を受け――アスラン軍の先頭。一人の狼獣人が、王宮に向かって深く頭を下げた。




――――

円卓の会議室の厳かな沈黙を破るように、厚く彫られた木の扉が静かに開かれた。その中央、最も上座に座るのは第一王子アルフォンス。その銅色の瞳は冷たく静かに、しかしひとつの狂いもなく相手を測る視線を放っていた。


「――アスラン王国、軍部代表ヘルガー。参上しました」


深く頭を下げたのは、鋭い銀毛の狼獣人。背筋を伸ばし、軍服を纏ったその体からは、強烈な威圧感と統率者の気配が溢れていた。


「遠路ご苦労だった、ヘルガー殿。ようこそ、我が王国へ」


アルフォンスが立ち上がり、形式的ながら丁寧な挨拶を返す。円卓の左右には、3人の王子とその護衛たちが控えていた。


「まずは一件、謝罪がございます」


その瞳から目を逸らさず、ヘルガーは低く言葉を繋いだ。


「先日、貴国の北の砦にて捕縛された密偵につきまして――彼は我が国に属する者でした。正式な命令の下ではなく、商団に紛れての越境は明確な違反であり、こちらの不手際と認識しております」


部屋の空気がわずかに緊張する。


「……つまり、個人の暴走ということでよろしいか?」


セオドアが鋭く問いかける。その言葉の裏には明確な“罠”があった。認めれば統制の不備を示し、否定すれば国家の意図を自白することになる。


「いえ」


ヘルガーはわずかに視線を落とし――それでも、まっすぐに言葉を返した。


「その行動の起点に、我が国の者が関与していた可能性は否定できません。我々の管理責任において、正式に謝罪し、今後の対応を誠意をもって進める所存です」


曖昧さを削り落とした、潔い言葉。その場の王子たちは、わずかに目を見張る。


「ならば――今後の合同訓練が、信頼を修復する機会となることを願いたいものだ」


アルフォンスの声音もまた、静かに、しかし重みをもって応じた。


「……では、改めて申し上げます」


ヘルガーは一歩前に出て、深く頭を下げる。


「今回の合同訓練は、我らが女皇ヒルダ・アスランの命により提案されたものであります。その主旨は――貴国との軍事的協力関係の再確認、及び周辺諸国に向けた明確な結束の意思表示に他なりません」

「つまり、“見せるため”の訓練という認識で間違いないと?」

「見せるだけで済むなら、互いに幸いです」


 ヘルガーの声に、わずかに冷えた響きが混ざった。


「……演習が戦へ変わる前に、互いの真価を見せ合おうというわけだな」


アルフォンスの視線が一層鋭さを増す。警戒と期待が交わり、沈黙ののちに残ったのは、温度をひとつ下げた空気だった。


それは――この合同訓練が、ただの友好演習では終わらないことを、双方がはじめから理解している証でもあった。




――――

会議室での挨拶が滞りなく終わると、アスラン軍の兵士たちは整然と隊を組み直し、王都軍の案内役に従って割り当てられた兵舎へと移動を開始した。礼儀正しく、無駄のない動き。歩調も声も乱れず、まるで歯車が回るように滑らかに進む光景は、兵たちにも一種の緊張感をもたらしていた。


「……変わらないな。あの動き」


ぽつりと口を開いたのは、シュアンランだった。その灰銀の髪が風に靡き、赤色の瞳が僅かに細まる。


彼の視線の先にいるのは、堂々と先頭を歩くヘルガーだった。アスラン軍の大将にして、同じく“氷を統べる者”。5年前の演習で、唯一彼が“敗北”を喫した相手でもあった。


あのとき、シュアンランはセオドアの護衛に任命されたばかりだった。直属護衛としての初任務を賭けた、国を背負った模擬演習。その最終試合で対峙したのが――ヘルガーだった。


「氷の制圧距離、展開速度、冷却のタイミング。全部、向こうが上だった」

「……だけど、当時と同じ手は通じない。俺だってただ黙って負けたわけじゃないからな」


呟くように言ったその声は、悔しさではなく、冷静な評価だった。


隣で共に視察していたフーリェンがちらと視線を寄越した。表情は変わらないが、彼の関心が自身の言葉に向いていることは分かった。


「……まあ、今回はこっちにも"準備"がある。前回みたいにはいかねぇさ」


肩を竦めて言葉を続けたシュアンランの目には、闘志が滲んでいた。


と、そのとき。


まるでそれに呼応するかのように、ヘルガーがふと足を止めた。彼の金の瞳が、群れの中から鋭くシュアンランを捉える。その瞬間、わずかに、しかし確かに空気が凍った。


同じ能力を持った、二人の狼獣人。


その視線の交錯には、敵意よりも遥かに研ぎ澄まされた“敬意”と“挑戦”の火花があった。


この合同訓練は、ただの“親善”では終わらない。


氷の狼たちが再び交差するとき、静かな戦いが幕を開けるのだった――。

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