表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王宮の獣護   作者: 夜夢子
第4章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

80/298

第四軍2

昼の空気が柔らかく熱を帯び始める頃、第四軍の訓練場には、いつもと変わらぬ掛け声が響いていた。


「前列、盾構え維持! 詰めろ、もっと密集!」

「剣組、足運びが乱れてる! 軌道合わせろ!」


小隊長たちが喉を枯らしながら、部隊の動きを整えていく。槍と剣が空を裂く音、革靴の擦れる砂の音、そして時折混じる短い叫び――


フーリェンは、訓練場の隅から静かにその様子を見守っていた。槍兵たちの間合い、剣兵たちの振り下ろしの角度、歩兵の移動時の隊列の乱れ――ひとつひとつを見逃さず、視線を流す。


――あの子は、構えに無駄が多い。焦りすぎている。

――あっちは…声が出てない。恐怖をごまかす余裕すらないか

――でも、あの盾は踏ん張りが利いている。体幹の強さは十分だな。


無表情のまま、彼は一人ひとりを見る。それは訓練を監督するのではなく――ただ、彼らの「輪郭」を知ろうとしている姿だった。やがて、午後の訓練がひと区切りを迎える。


「休憩、十五分! 水分とって、各自整理しろ!」


かけ声とともに、兵士たちが水袋を手に木陰やベンチへと散っていく。フーリェンはその場を離れず、ぼんやりと空を仰いでいた。


「隊長、ここ座っていいっすか?」

「 あ、俺も……!」


水筒を片手に兵士たちがやってくる。気づけばフーリェンのまわりに自然と集まる形になり、彼をぐるりと囲むように腰を下ろしていた。


「な、なんか……あの、さっきの話の続きっていうか……」

「隊長、合同訓練って、出たことあるんですか?」


口火を切ったのは、髪を後ろで結った細身の兵士だった。彼の問いに、他の兵士たちの視線もフーリェンに集まる。


「……ああ」


静かに、短く答える。


「ど、どんな感じなんすか? やっぱ、怖いんすか? 外国の軍って、全然違うって聞いたけど……」

「何か、変わった訓練とかするんですか?」


矢継ぎ早に飛び交う質問に、フーリェンはしばし言葉を探すように沈黙する。そして――静かに目を伏せた。





**

「フー。お前、前の合同訓練に出てたっけ?」


作戦会議が終わった直後、ジンリェンが水差しを片手に話しかけてきた。地図は片付けられ、代わりにテーブルには行軍計画書が広げられている。


「……うん。あの時は確か…第四軍に入って1年経ってないくらいだったはず…」

「…あー。あん時のフーって、小さくて細くて…、喋らねぇ新兵って感じだったもんな」


ランシーが笑いながら肘をつく。


「今もそんな変わってねぇけど」

「……そんなことない」

「おっ、喋った。進歩だな」


フーリェンは少しだけ目を細めたが、口元だけはうっすらと緩んでいる。シュアンランは苦笑しつつ、紙束を整えながら付け加える。


「俺とジンが、ちょうど直属護衛になった年だったな。隊の組み直しでバタバタだった」

「あの年、俺はまだ第三軍の歩兵。ランシー隊長じゃなかったしな」

「誰が言っても軽く聞こえるのはなんでなんだろうな、お前の肩書」

「酷くね…?」

「……あのとき、第三軍の兵は”壁”みたいだった。大きくて、怖かった」


フーリェンのぽつりとした回想に、ランシーが吹き出す。


「そりゃ、第三軍は筋肉と声のでかさがモノ言う軍だからな。能力? それはおまけだ」

「でも――」


フーリェンは言葉を切り、少しだけ表情を引き締める。


「確かに、学ぶことは多かった。氷地帯の戦術。隊の連携。あと……自分の限界」

「……ああ」


ジンリェンが、静かに頷いた。


「そういうのを、次はお前が見せてやる番だ。軍を任された身としてな」


フーリェンは、それに答えず、ただひとつ頷いただけだった。

**


「……正直怖かった。でも、全部が、今に繋がってる」

「全部が?」


兵士のひとりが目を丸くする。


「うまく動けなかった。能力の使い方も未熟だった。でも……」


そこで、フーリェンは少しだけ空を仰いだ。


「それでも、諦めなかった。だから、今ここにいる」


静かな言葉に、周囲の兵士たちは黙り込んだ。


「……じゃあ、俺らも……」

「出られるかな、選抜に」

「やれるかどうか、じゃねえの。やるしかねぇだろ」


ぽつぽつと呟く声に、少しずつ火が灯っていく。フーリェンは立ち上がり、彼らを見渡す。


「休憩終わりだ。再開」


その一言に、兵士たちは立ち上がり、剣と盾を取り戻した。先ほどまでとは違う空気を纏い、黙々と訓練場へと戻っていく。


北の国との合同訓練まで、時間はない。王国軍で最も若く、最も吸収力のある軍。その一員として、少しでも力を発揮できるように――。兵士たちは剣を持つ。尊敬する白狐の隊長の目に、留まるように。国を守る兵士として、成長するために。

(過去談)

王国の獣護-日常- ep.5 兵士と直属護衛

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ