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王宮の獣護   作者: 夜夢子
第1章

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偵察

草を踏む音すら吸い込むような風が、外套を揺らしていく。


生い茂る木々の間を縫うように、一人の獣人が歩みを進めていた。艶のある白髪はゆるく纏められ、しなやかな尻尾が腰に沿って揺れている。爪先まで洗練された仕草と、整えられた身なり。


細身の体躯、猫獣人の雌。それは、能力で姿を変えたフーリェンであった。


「こっちになるのは久しぶりだな……」


小さく呟くその声にも淑やかな抑揚が混じる。


姿を変えれば自然と振る舞いも変わる。獣の本能と人の理がせめぎ合う中、”彼女”は気配を殺し、木陰から村の様子を窺った。


目の前に見えるのは、南境に接する隣国の小さな集落。


通りを歩く者の多くは銅剣を帯びた男たち。一見村人のふりをしてはいるが、その視線や足の運びは明らかに訓練を受けている者のそれだった。


平時の村にしては用心が過ぎる。陽が落ちる前に村へ入るべきか、それとも夜を待つべきか。頭の隅でそのような事を考えながら木陰から一歩踏み出す。すれ違った若い男が振り返り、こちらへと視線を留める。


「珍しいな。見かけない顔だ」


猫獣人の雌――しかも他国の気配を纏う自分は、ここでは目を引くのだろう。


フーリェンは足を止めることなくにこりと微笑んだ。


「ただの踊り子よ。少し道を外れてしまったの」


作り声、甘い響き。男は「気をつけてな」とだけ言い残すとその場を去っていった。


そのまま彼女は村の奥、国旗が見えた建物の方へと足を向けた。


揺れる腰の動きは演技なのか、それとも本能か。


風が、少し湿り気を帯びて背後を通り過ぎていった。

 

――――

偵察に訪れて早一日。


村の広場には小さな市が立ち、干し肉や染め布、薬草が所狭しと並べられていた。"踊り子”は穏やかな歩調で露店を見て回る。


「これ、少し値が張るけど香りがいいよ。北で取れる果実の乾燥皮さ」


老婆がそう言って差し出したのは、淡い黄緑色の薬包だった。フーリェンはそれを受け取ると、ついでとばかりにそのまま問いを投げかけた。


「この村、とても静かね。旅の途中で通った他の村よりずっと」

「静かすぎて気味が悪いってかい?」

 老婆はふっと目を細め、視線を左右に走らせながら声をひそめた。

「誰もが余計なことを口にしないようにしているのさ。……ここの“領主様”の耳は、どこにでもあるからね」


その言葉に、老婆を見つめるフーリェンの眼差しが僅かに鋭くなる。


「昔はもっと素朴な村だったよ。けど今じゃ、軍のやつらがひっきりなしに出入りしているし、若い者も働き口を紹介されては村を出ていく。行き先は誰も知らない」

「領主様は、どんな方なの?」

「あんた、よそ者にしては随分と突っ込むね」


老婆は一度手の中の銀貨に目をやると小さくため息をついた。


「名はヴァーリシュ。領主になったのは数年前。元はこの辺りの出身じゃないはずだよ。……獣人だという噂もあるけど、誰も顔を見たことがない」

「……顔を?」

「屋敷は村外れの高台にあるけれど、誰も近づかないからねぇ」


老婆はそれきり口を閉ざし、布地をたたむ仕草を始めた。


フーリェンは彼女に礼を述べると、風の抜ける小道を歩きながら思案を巡らせた。


姿を見せぬ領主に、村から姿を消す若者。そして高台にある屋敷。そこへ近づけば、何かが分かるだろう。


彼女は一つ呼吸を整えて立ち止まった。迷いを断ち切るように細い猫の尾を一振する。


陽が傾き、村に影が伸びる。そして夜が来る。


この地に巣食う“気配”に、もっとも近づける時間だ。


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