北風を味方につけて4
ジンリェンの部屋での作戦会議から、はや数日。訓練場にはいつもと変わらぬ掛け声が響いていた。
「前列、もっと詰めろ!」
「足運びが乱れてるぞ! 軌道合わせろ!」
小隊長たちが喉を枯らしながら、部隊の動きを整えていく。
槍と剣が空を裂く音、革靴の擦れる砂の音、そして時折混じる短い叫び。
フーリェンは訓練場の隅から静かにその様子を見守っていた。
「休憩! 水分とって、各自整理しろ!」
かけ声とともに兵士たちが水袋を手に木陰やベンチへと散っていく。
「隊長、ここ座っていいっすか?」
「ああ」
一人が腰を下ろしたのを合図に、散っていた兵士たちが集まってくる。
次々と丸くなって座っていく彼らの姿に、自分もかつてはそうだったと、仲間たちと肩を寄せあった日々が脳裏を過ぎった。
「テイラー、右足の踏み込みが甘い。もう少し勢いよく行け」
「あとケイトとトーマは考え過ぎ。剣を持ったら感覚で動けるようにならないと死ぬぞ」
「それから--」
ついでとばかりに気になる点を上げていく。そうやって一通り改善点を伝え終わると、すっと無言で手が上がった。
「あの、さっきの話の続きなんですけど……。隊長って合同訓練に出たことあるんですか?」
口火を切ったのは、シュナという名の山猫だった。彼の問いに他の兵士たちも自然とこちらを向く。
「あるよ」
静かに、短く答える。
「どんな感じなんですか? やっぱり、怖いですか? 外国の軍って、全然違うって聞きました」
ちょうどそんな話を兄の部屋でもしたな。そんなことを考えながら、矢継ぎ早に飛び交う質問にフーリェンはしばし言葉を探すように昨日の記憶を手繰り寄せた。
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「フー。お前、前の合同訓練に出てたっけ?」
作戦会議が終わった直後、ジンリェンが水差しを片手に話しかけてきた。
地図は片付けられ、机上には代わりに行軍計画書が広げられている。
「うん。あの時は確か……第四軍に入って一年経ってないくらいだったはず」
「あー。あん時のフーって、小さくて細くて……喋らねぇ新兵って感じだったもんな」
ランシーが笑いながら肘をついてくる。
「今もそんな変わってねぇけど」
「……そんなことない」
「おっ、喋った。進歩だな」
懐かしいな。と、散らばった紙の束を整えていたシュアンランがぼそりと隣で呟いた。
「俺とジンが直属護衛になった年だったな。隊の組み直しでバタバタだった」
「あの年、俺はまだ第三軍の新兵。ランシー隊長じゃなかったしな」
「誰が言っても軽く聞こえるのはなんでなんだろうな、お前の肩書」
「酷くね……?」
「三軍の兵はみんな壁みたいで怖かった」
あの時は何もかもが初めての経験だった。慣れない集団戦。怒号飛び交う戦場の中を、何とか食らいつこうと駆け回った記憶。
それでも--。
「学ぶことは多かった。氷雪地帯の戦術。隊の連携。あと……自分の限界」
「そうだな」
ジンリェンが静かに頷いた。
「そういうのを、次はお前が見せてやる番だ。軍を任された身としてな」
フーリェンはそれに答えず、ただひとつ頷いただけだった。
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「正直怖かった。うまく動けなかった。能力の使い方も未熟だった。でも……」
そこで、フーリェンは空を仰いだ。
「それでも、諦めなかった。だから今ここにいる」
静かに紡がれたその言葉に、周囲の兵士たちは黙り込んだ。
「……じゃあ、俺らも」
「出られるかな、選抜に」
「やれるかどうかじゃねえの。やるしかねぇだろ」
ぽつぽつと続く声に、少しずつ火が灯る。
「休憩終わり。再開」
兵士たちは剣を手に立ち上がると、先ほどまでとは違う空気を纏い、黙々と訓練場へと戻っていく。
フーリェンは足元に置いた長槍を拾い上げると、くるりとそれを回した。そのまま一歩踏み出し、日差しの照り返す地面を踏む。
「僕も入る」
剣の打ち合う音が響く。槍が風を切り、砂が舞う。
数年ぶりの北の国との合同訓練。時間はない。教えられることも多くはない。
前回新兵として槍を持った自分は、今回軍の長として彼らの前に立つ。
頑張ろうと思った。少しでも彼らの糧になれるように。少しでも多く力をつけるために。
彼らの尊敬する白狐の隊長になれるように。
(過去談)
王国の獣護-日常- ep.5 兵士と直属護衛




