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王宮の獣護   作者: 夜夢子
第4章

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作戦会議

陽が中天に差しかかる頃ーー


訓練場に隣接する兵舎の一室。乱雑に置かれた書類。あまり生活感のないその部屋は、第一軍隊長であるジンリェンの自室だった。


薄く開かれた窓からは、槍の打ち合う音と兵たちの掛け声が遠くから響いてくる。だが、今この室内に流れていたのは、それとは違う緊張感だった。大きな地図を囲むようにして、四人の"隊長"が顔を揃えている。


「アスランとの合同訓練、来月初頭からで確定か」


地図の北端、アスランとの国境地帯に印をつけながら、ジンリェンが静かに言葉を落とす。


「先方は精鋭二個中隊。国境付近の守備隊に加えて、王立の近衛を混成してくるってよ」

「……精鋭揃いだな。まあ、こっちの反応を見る気満々ってわけだ」


手元の書類をめくりながら報告するシュアンラン。ランシーは口の端を上げ、気怠げに髪をかき上げながら地図を覗き込んだ。


「合同訓練といっても、王宮と王都の警備を手薄にするわけにはいかない」


フーリェンが補足するように続けた。


「訓練は各軍が交代制で参加。常に一定数の部隊は都に残すって感じだな」

「順番に、か」


ジンリェンが頷きながら、配置図に視線を落とす。


「つまり、本格的に全力を出すのは……三日目だな」

「そうだな。三日目だけ、各軍から選抜兵を集めて野営戦を実施する方向で調整すると…」


ランシーがそう言うと、シュアンランが手元の資料に目を落としながら頷く。


「アスランの主力は、氷と高地戦闘に特化した歩兵と遊撃隊。夜戦では不利になる可能性が高い」

「だからこそ、やる価値はあると思う」

「こっちには氷に耐性のある兵士が少ない。いい訓練になるだろ」

「お前…自分が寒さに強いからって、全員が平気なわけじゃねえんだよ」

「…いや、別に強いわけではねぇよ。寒ぃの嫌いだし」

 

ぼそりと突っ込んだランシーの軽口に、シュアンランが小声で抗議する。ジンリェンはそれを軽く流しながら話を戻した。


「……さて、順番に訓練へ回すとなると、各軍の特徴を踏まえた編成が必要になるな」

「おさらいしておくか」


ランシーが書類のひとつに視線をやる。三人もその視線に促されるように目下の名簿を覗き込んだ。


「第一軍は、先鋭戦士の集まりだ。長年の実戦経験を積んだ獣人が多い。能力持ちの比率も一番高い」

「実際、戦況を支配する部隊だよな」

「第二軍は?」


ランシーが続けて尋ねると、シュアンランが手元の資料に目を通しながら答える。


「第二軍は少数精鋭。個々の能力値が高い分、陽動から支援、撹乱まで臨機応変に対応できる。柔軟性では他の軍より頭一つ抜けていると思う」

「……実質、どこに当てても動ける便利屋部隊ってとこか」


ジンリェンが頷きながら、第二軍の配備予定地に印をつけた。


「俺のとこは、知っての通り屈強な男が多いな。能力持ちの半数が俺と同じ身体強化系で、純粋な力と耐久で押す正面突破型の軍。言っちゃなんだけど乱戦では一番頼りになるはずだぜ」


ランシーがどこか楽しげに笑みを浮かべる。


「確かに、お前らの突撃は正面から見たら戦車みてぇなもんだからな」


シュアンランも肩を竦めた。


「問題は第四軍だ」


ジンリェンの声が少しだけ低くなる。それに続いて、フーリェンが口を開く。


「こっちは新米と年若い兵士で構成されてる。能力持ちは少ないから、戦場では主に歩兵と後方支援に回る形になると思う」

「まあ……それが普通なんだろうな。能力持ちが異常に多いのは俺たちの世代だけだし」

「だけど、素直で吸収も早い。鍛えれば化ける兵士もいる」


淡々とした口調でそう言い切った弟に、ジンリェンは小さく頷いた。


「だからこそ、三日目の野営戦に選抜される兵士は、各軍の実力を象徴する者で固めたい」

「バランスを取るって意味でも、経験と才能の両方を見極める必要があるな」


シュアンランの言葉に、ランシーも真面目な顔で頷いた。


「特に第四軍からは、将来性のある兵を選びたい。今回の訓練で、あいつらに自信を持たせる機会にもなる」


ジンリェンの声に、どこか熱がこもる。


「……了解。じゃあ、俺が候補を出すときは“戦える新人”もリストに入れておく」


シュアンランが静かに請け負った。


「俺は、第一軍と第四軍の連携を訓練の一部で試してみたいと思ってる。経験と柔軟性の融合ってやつだ」

「それ、面白そうだな」

「第四軍の若い連中は、案外こっちの指示にも素直に従う。新しい連携が見つかるかもしれない」

「……だとすれば、三日目の野営戦が鍵になるな」

「アスランの連中は、こっちの布陣と実力、反応速度、命令伝達の精度――全部を見てくるだろう」

「だったら、こっちもそれなりの『絵』を見せてやらなきゃならねえな」


獅子の男の言葉に、部屋の空気が引き締まる。その時だった。コンコンと、控えめなノック音が部屋に響く。


「失礼します。ジンリェン隊長、明日の見回りについて確認したいことがあり―」


すっと顔を覗かせた兵士の声に、四人は一斉に顔を上げた。


「分かった。今行くから、先に書類だけくれ」


手を伸ばし、渡された書類を広げる。その中に収められた数枚の名簿を手早く目を通しながら、ジンリェンは小さく息を吐いた。


「忘れるなよ。今回の合同訓練は、あくまでアスラン側からの要請だ」

「表向きは国家間の結びつきを強めるって名目。だけど実際には、それを周辺国に見せつけるための演出でもある」

「“俺たちは連携してるぞ”ってな」


シュアンランが皮肉めいて笑い、肩をすくめた。


「裏を返せば、こっちの内情も晒すことになる。実力も、体制も、指揮系統も……」

「だからこそ――中途半端なものは見せられねぇわけだ」


ランシーが笑みを引っ込め、鋭い眼差しで告げた。四人の視線が自然と交わる。それは、互いの意志を確かめ合う、無言の合図だった。


訓練とは名ばかり。これは、名誉と信用と、そして国の威信を懸けた、静かな戦いなのだ。

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