朝
朝日が昇り切る前の、淡い青。カーテンの隙間から差す柔らかな光が、ベッド脇の木の床を静かに照らしている。
シュアンランはゆっくりと目を開けた。寝ぼけ眼のまま隣を見やれば、白の狐耳が視界に入ってくる。絡まりそうになっている首元の紋章も、寝息にあわせて小さく揺れていた。
そのまま眠る彼女の肩へと視線を流す。夜のうちにずれたシャツから覗く素肌には、薄っすらと爪痕が残っていた。
もう痛むことはないと知っていても、指先でなぞってしまう。
「……くすぐったい」
「悪い、起こしたか?」
「……起きてた」
フーリェンは尚も目を開けぬまま、腕に頬を預けてきた。猫のようなその仕草に思わず口角が上がる。
静かな朝。淡い光と、重なる呼吸と。手の中にあるこの温もりを抱きしめるように。
ふたりきりの朝が、ゆっくりと過ぎていった。
――――
湯気の立つ皿が木のテーブルに静かに置かれた。
シュアンランは朝食を運び終えた手で無造作に髪をかきあげながら椅子に腰を下ろす。
昨夜の名残を留めたまま、ふたりともゆるく衣服を羽織っただけの格好だった。
食器の音も、会話もない。焼けたパンの香りと暖かなスープの湯気に包まれて、時間が緩やかに流れていく。
フーリェンはじっと皿を見つめながら、時折気まぐれにパンを口へ運んでいる。どこか上の空なその様子を観察していれば、「あ……」と何かを思い出したかのように、突然彼女は口を開いた。
「どうした?」
そう問いかければ、フーリェンはパンを口に咥えたまま向かいの椅子に目を向けていた。そこに掛けられているのは、昨夜脱いだままの自身の隊服。
「隊服……忘れてきた」
ぽつりと落ちた小さな声と、何とも言えない顔。そのあまりにも自然な落ち込みように、堪えきれず吹き出してしまった。
「ははっ……まさかお前が忘れ物するとはな」
「……忘れたくて忘れたわけじゃない」
「分かってるって」
任務中なら絶対に聞かない、気の抜けた台詞。
シュアンランはパンを齧りながらにやりと笑みを浮かべた。からかうように、視線を隊服へと向ける。
「俺の上着貸してやろうか?」
「……丈が合わないし、下が無いなら意味ない」
「だろうな」
はぁ、とあからさまに肩を落とすその動きに合わせてシャツがずれ、肩口が晒される。片手で落ちかけたそれを軽く引き戻すと、フーリェンはすべてを諦めたように、齧りかけのパンを口の中へと放り込んだ。
他愛のないやりとり。どこか戻り切らない調子。
目の前でぺひょりと横倒しになった狐耳に、シュアンランはくすりと笑ったのであった。




