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王宮の獣護   作者: 夜夢子
第3章

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花冠(裏)

待ち合わせの時刻には、まだ少しだけ余裕があった。それでも、少し早く着いてしまうのが自分の癖だと知っていたから、急いだわけではない。ただ、足が自然と向いていただけだ。


南門近くの屋根――例の場所。


下の住人とはとうに話がついている。ここからなら視界も開けて、王都の灯りがよく見える。


音を立てずに屋根に降り立つと、すでに先客の姿があった。


灰銀の髪が、提灯の明かりをやわらかく反射して揺れている。片手には、屋台の串。もう片方は膝に乗せて、肩を落ち着けて座っていた。


……早い。


言葉は喉まで出かけてやめた。すぐに気づいた狼がこちらを見上げて、ゆっくりと目を細める。


じっと、見つめてくる。


無言のまま交わされる視線。悪意も、詮索も、探るような気配もない――ただ、まっすぐに「見る」そのまなざしに、少しだけ、居心地の悪さを覚える。


いつもの姿で来るべきだっただろうか。

 

けれど、今さら引き返すほどの理由もない。たまには、こういう時間もいい、と、そう思ったのは自分のはずだった。そう思いながら視線を上へと向けると、彼の頭に乗ったものに気がつく。


花冠。


踊りの輪で配られていたものだ。簡素な作りのそれは、どこか浮ついた雰囲気がある。それを、いつ、どこで、どんなふうにもらったのか。なぜ、今もわざわざ乗せたままでいるのか。自分でもよくわからない感情が、胸の奥を静かにざわつかせた。何ということのないただの装飾なのに、どうしてか、見ていると落ち着かない。顔には出さないまま、だがその視線を避けるように、気付けばすっと彼の頭に手を伸ばしていた。


理由なんて、後から考えればいい。

 

 はただ――このもやもやを、どうにかしたかった。



――――

見下ろせば、王都の夜景がゆるやかに広がっていた。まるで星の海をひっくり返したような、光の波。


「……こうして一緒に休めるの、いつぶりだ?」


そう問いかけると、隣のフーリェンが首を少し傾げた。


「……半年以上……は、経ってる、かも」

「そんなに前か」

「……正確には、覚えてないけど」

「俺も」


どちらからともなく笑いが漏れる。それだけで、なんだか心がほどけていくようだった。


「ついこの前まで、北の砦だったもんな。寒いし、戦のせいで隙間風だらけだし……」

「……夜も眠れなかった。風の音、ずっとしてて……」

「砦の裏手の、崖沿いの通路。覚えてるか?」

「……うん。落ちかけた」

「やっぱりか。俺も一度滑った」

「あれ、もう……修理されたかな」


ぽつりぽつりと交わす言葉。何も飾らない、ただの会話。けれど、それが妙に心地よかった。やがて少しだけ間を置いて、フーリェンがぽつりと呟く。


「……演武。見てたんでしょ」

「見てたよ。っていっても、最後の方だけだけどな。たぶん…お前んとこの兵士かな。見回り変わってくれた」

「……そう」


フーリェンの表情は変わらない。それでも、彼女か機嫌がいいのが、よくわかった。


「……行こっか」


フーリェンがゆっくりと屋根から降りる。その姿に続いて、シュアンランも静かに地面へと足をつけた。


夜の王都は、まだ賑わっていた。提灯の灯が連なる大通りには、笑い声や歌声、軽やかな足取りの人々が行き交っている。街角の楽団が奏でる音楽が、空気を緩やかに揺らし、花の香と焼き菓子の匂いが混ざり合っていた。


隣の白狐は外套のフードを深く被っている。顔はほとんど見えないが、その白い髪と尾が目を引く。シュアンランの方はというと、いつも通りの隊服のため、王家の護衛の象徴たる銀の紋章が、左肩に誇らしげに輝いていた。


当然――目立った。


「ねえ、見てあれ……第二軍の…」

「ほんとだ……! わあ、本物だ… !」


わっと若い娘たちの視線が、二人の歩く路地を追いかける。中には小声で黄色い声をあげてはしゃぐ者、興味津々といった顔で距離を取りつつついてくる者もいた。そんなざわつきにフードの下で狐の耳がぴくりと動いた。


「目立ちすぎ」

「俺のせいか?」

「…他に誰がいるの」

「…悪かったよ」

「…しょうがない……今日は許す」


感情の見えにくい声で答えながら、フーリェンはちらとシュアンランを見上げた。その視線にはほんのわずかに、疲れたような色が混じっている。


「ごめん、次から俺が外套着る」

「……そしたら、二人とも外套着て誰かわからない、ってなるじゃん」

「それも困るな」


互いにため息交じりに苦笑して、また歩を進めた。歩調は自然とそろう。話す言葉は少ないが、無理に埋める必要もない。この時間そのものが、二人にとっては、十分に特別だった。

 

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