舞台袖
王都中央にある大広場に設けられた特設舞台の袖口には、白金の装束を纏った二人の白狐の姿があった。金糸で繊細に縁取られた白の上衣は、陽の光を受けて仄かに輝いている。衣装の裾が風に揺れ、ゆるやかに重なるふたりの動きは、まるでひとつの影のようだった。
「……今年も、騒がしいな」
「去年より観客が多い気がする」
ジンリェンの小さな呟きに、フーリェンは短く答えながら舞台の向こうに響くざわめきに耳を傾けた。王都の民がぎっしりと舞台の周囲に集まり、皆、今か今かと演武の始まりを待っている。ちら、と袖を揺らす。普段の戦装束よりも布地はやや厚く、手首の感覚がほんの少し鈍い。
「袖、きつくないか」
「……問題ない」
気遣うように覗き込んでくる兄にそう返しながら、フーリェンはわずかに指先を動かした。
刺繍の模様も剣帯の位置も同じ。身長だけが数寸違うが、それでも今この瞬間、彼らは“鏡写し”だった。
「…不思議だよな」
ジンリェンがぽつりと零す。
「こうして並ぶと、子どもの頃のこと、思い出す」
「俺たち、何でも同じだった。部屋も、布団も、飯の皿も。けど今は、違う道を歩いて、違う剣を持って、それでも――また並んでる」
フーリェンは目を伏せたまま、答えない。その沈黙に慣れているジンリェンは、それ以上言葉を投げなかった。けれどそんなフーリェンの胸の奥では、ゆるやかにその言葉が波紋を描いていた。
違う道。違う想い。違う、重さ。自分は今、第四王子ルカのもとにある。兄とは異なる義を背負い、異なる王子に仕える日々。かつては背中を追ってばかりだった兄の隣に、こうして自然と並ぶことができているという、現実。
「…並べる場所に、立ててよかった」
低く、小さな声だった。彼の耳に届いたかは分からない。だが次の瞬間、兄が片方の手を差し出してくる。
「合わせるぞ、動き」
「…うん」
ふたりはゆっくりと手を取り合い、息を整えた。剣を抜くタイミングも、踏み出す足も、呼吸の間さえも――稽古で何度も合わせた。型は決まっている。舞うように剣を振るい、呼応するように体を翻す。勝敗ではない。ただその動きが、観る者の心に届けばいい。袖口から覗く手がわずかに震えたのは、ただの緊張か、それとも。
「準備は、よろしいですか?」
幕の向こうから、進行役の声がかかる。その声に、二人は同時に顔を上げる。
音が消えた。
静寂が、幕の奥から押し寄せる。
ふたりは一歩、舞台の光へと踏み出した。
――その影が交わる時、人々の記憶に深く刻まれる“剣舞”が始まる。




