ウェディング祭4
歓声と拍手の音が耳に残る中、ジンリェンとフーリェンは舞台裏へと静かに引き下がった。
「実際やってみると、自分が動いているみたいで変な気分だったな」
軽口を叩きながら額に滲んだ汗を拭えば、フーリェンはゆっくりと大きく伸びをしていた。
「……後ろに、いた」
「なにが?」
敢えてそう聞いてみれば、予想通りフーリェンは答えない。それでも、内心嬉しかったのだろう。向けられた目は分かりやすかった。
「袖の警備って聞いてたけど、あいつら見に来れたんだな」
続きを促すように「それで?」と問いかけると、こちらへと体の向きを変えながらフーリェンは少し迷うようにふわりと一度尾を揺らした。
「実は演武の時、一回だけ目が合った」
「お前……あんな人混みの中でよく分かったな」
「分かるよ」
「ふうん。ま、そういうのは否定しねえよ」
素っ気ない弟の反応を気にすることもなく、ジンリェンはカチャンと剣を鞘に収めた。上着の裾を軽く払い、やや落ち着きなく揺れる白の尾へと視線をやる。
「でもまあ、今日は俺の美技にも拍手が来ていたはずだからな。少しくらいは感謝しろよ」
「……感謝してるよ」
他愛のないやり取りを交わしながら、ふたりは用意された簡易な椅子に腰を下ろした。幕の外からは陽気な音楽が聞こえてくる。演武は無事終わったが、祭りはまだ続いているのだ。
「ルカ様が来るって祭事が言っていたぞ。衣装を返す前に、写真のような絵を残すとかで」
「……早く終わらせたい」
「まったくだ」
肩を並べて、短く息をついた。そうしてしばらくぼんやりとしていると、軽やかな足音が近づいてきた。
ひょこりと入口の幕を潜って顔を覗かせたルカは、並んで座る双子の姿を見つけると花が咲いたようにぱっと笑顔をふたりへと向けた。
「ジン、フー、お疲れ様。ふたりとも見事だったよ」
ルカの穏やかな声に、ジンリェンとフーリェンは同時に軽く頭を下げた。
「ほんの少しでいいんだ。そのままで、記録用の絵を一枚だけ……終わったら、すぐに戻っていいから」
「「承知しました」」
指示に従い、簡素な背景幕の前で並び立つ。目の前で行われる作業にげんなりとしながらも、なんとか我慢して乗り越える。
「これで終わりだよ。ふたりともありがとう。衣装は祭事担当に預けて」
そう告げるルカに双子は再び一礼すると、そそくさとその場をあとにした。
着ていた衣装を返却し、控室で着慣れた隊服に袖を通す。
「……やっぱり、こっちの方が落ち着く」
「ほんとにな。肩の馴染み具合、やっぱりこれだわ」
冗談めかしてそう言いながら、手慣れた手つきで装備を整えていく。
空は夕暮れの色を帯び始めていた。陽の傾きに合わせて大通りには次々と明かりが灯っていく。
ふたりは舞台袖をするりと抜けると、指定された警備区画へと足を向けた。そこは祭りの主要な通りから少し外れた細道。通りの端で待っていた第一軍の兵士に軽く挨拶を交わし、巡回を代わる。
「お疲れ様です。年に一度の祭事とあって、みな羽目を外しがちです。目を離さないように」
「「了解」」
夜が始まろうとしていた。華やかな舞台から一転。守り手として、双子は新たな役目を果たす。派手ではない。けれど、確かに必要な役割。
通りの両脇に連なる灯籠が祭りの賑わいを浮かび上がらせる。行き交う人々たちは楽しげに笑い、手には菓子、頭には花冠を乗せていた。
「……ねぇ見て。ジンリェン様とフーリェン様じゃない?」
「ほんとだ。近くで見るとすっごい綺麗」
「花、渡してくる?」
そんな声が、左右から飛んでくる。
ジンリェンは顔色一つ変えずに人々を誘導しながら、明らかに自身よりも人々の視線を集めている隣の弟を横目で窺った。
普段よりも整えられた白髪に、感情の読めない静かな瞳。それが人々の心を煽っているということは、大いに予想がつく。男女問わず、彼に向けられる視線は熱を帯びていた。中には花を差し出そうとする者もいたが、彼の無言の圧に気圧されて近づくことはできなかった。
それでも、視線だけは途切れなかった。
フーリェンはそのことに気づいていながら、何も言わなかった。言葉にしたところでどうにもならないと分かっているからだ。
「……なぁフー。お前少しは笑ったらどうだ?」
思わずぽつりと呟いたその言葉は、からかいではなく、純粋な助言のつもりだった。
「無理。余計寄ってくる」
「……確かに」
余計な事を言うなとばかりに首を振る弟の姿に苦笑が漏れる。
やがて鐘の音が遠くで鳴り、今宵の祭りの終わりを告げる。人々が名残惜しそうに帰路につき始めると、少しずつ喧騒が引いていった。
こうして華やかに幕を開けたウェディング祭の二日目は、滞りなく終わりを迎えたのであった。




