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王宮の獣護   作者: 夜夢子
第3章

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白金

仮設の試着所は、訓練場の奥まった一角に布で囲うように設けられていた。控えの台と姿見、そして幾らかの衣装小物が並ぶだけの簡素な空間。だが、用意された衣装は対照的に見事な仕立てだった。


「……やけに仰々しいな」


ジンリェンは白地に金の刺繍が施された上着を手に取り、ひらひらと振る。刺繍は細く、緻密な意匠で構成されており、肩から裾にかけて、王家の紋章を意識した波紋のような装飾が流れている。


「袖に金を入れるなら、背中は無地にして欲しかった」

「……文句言う前に着なよ」


フーリェンは既に隊服を脱ぎ、衣装に腕を通していた。細身の造りながら、動きを阻むような締め付けはない。内側に仕込まれた滑り止めが、肩の可動域をしっかり支えている。


「……着てみると、思ったより軽いな」

「なにか引っかかるところは?」

「特にない。袖も熱が籠もらないようになってる」


ジンリェンもようやく着替えを始めながら、ふっと口元を緩めた。


「しかし……俺たちが白金の衣装とはな。祭りの神輿か、花嫁かって感じだ」

「ジンがそれ着ると、確かに前者にしか見えないね」

「おい」


二人して鏡の前に並び立つ。白を基調とした衣装は、双子の風貌によく似合っていた。透き通るような白の髪に金刺繍がよく映え、左右対称に立つ姿は、まるで鏡写しのようである。


「……これで剣を振るうのか。確かに見栄えはいいだろうけど」

「見物のための演武だからね」


ジンリェンは肩口を軽く回し、腰の帯を締め直す。裾の開き具合も丁度よく、型を見せる動きには何の支障もなかった。


「それなら……しっかり磨いておかないとな、剣舞の型」

「ジンは振りが雑。足元も流れがち」

「いちいち指摘が細かいなお前は」

「僕が合わせる方だからね…ずれると見苦しい」

「……へいへい、精進しますよ」


弟の厳しい声にそうぼやきながらも、ジンリェンの頬は緩んでいた。たとえ剣を交えなくとも、並び立つその瞬間は、双子にとってなにより意味のある舞台となる。


「……フー」

「……何?」

「似合ってるぞ」

「…ジンもね」


どちらからともなく、衣装の袖をたたみ、襟を直し合った。互いの動きに一切のためらいはなく、どこまでも自然で、どこまでも息が合っている。


――その姿はまさしく、鏡に映る己自身のようだった。


試着所の外には、夕焼けに染まった空が静かに広がっている。西の空は橙から紫へと移ろいはじめ、夕陽が布越しに反射して、白金の衣に細かな光の粒をまとわせる。


二人は控えめに襟元を整えると、試着所の布を払い、外に歩み出た。


待っていた王子たちが顔を上げ、祭事の帳簿を手にしていた祭事官は、衣装姿の双子を目にして、思わず「ほぅ」と息を漏らす。


ルカが目を見開く。そして次の瞬間、静かに微笑んだ。


「二人とも、よく似合っているよ」

「ありがとうございます、ルカ様」


ジンリェンとフーリェンが軽やかに一礼する。その動きすら、ぴたりと揃っている。隣で腕を組んでいたアルフォンスも無言のまま双子を見つめていたが、やがてぽつりと呟いた。


「……まるで鏡写しだな。遠目から見たら見分けがつかんかもな」

「アルフォンス様、それは困ります。顔はともかく…体格も性格も、かなり違うかと」


ジンリェンが口元を緩めて言えば、フーリェンがわずかに目を細めた。双子は、身長におよそ十センチ程の差がある。兄のジンリェンはすらりと背が高く、均整の取れた体つきをしている。対する弟のフーリェンは決して背丈は低くはないのだが、どこか華奢な印象を与える。しかし顔立ちは驚くほど似ていた。輪郭、目鼻立ち、そして琥珀色の瞳も瓜二つ。


だが――横に並べば、誰もがすぐに違いに気づく。


兄の方は目元に柔らかな余裕を宿し、どこか人懐こい雰囲気を纏っている。一方の弟は、感情の起伏が希薄で、静謐な無表情を崩すことが少ない。だがそれは決して表と裏ではなく、どちらも等しく双子を形作る、対の存在。


ゆえにこそ、二人が並んだときに生まれる対称性は、他の誰にも真似できないものだった。それが、今は同じ衣装を着て、同じ立ち姿をしているのだから――確かに、鏡写しにしか見えない。


「観客が息を呑むのも、頷ける光景だな。……型を見せる演武には、最高の演出だ」


「本番は、3日後か。調整は大丈夫そうか?」

「はい。細かな調整と通し稽古は、明日いっぱいで終えます」

「ならば問題ないな。……期待している」

「光栄です、アルフォンス殿下」


頷いたアルフォンスの眼差しは鋭くも穏やかで、ジンリェンは軽く背を正した。


「――うん、これなら大丈夫だね」


ルカが胸をなでおろすように微笑みながら、軽く前に出た。


「フー。衣装の袖、動きづらくはなかった?」

「問題ありません」

「よかった。もし窮屈だったら、すぐ直すよう言おうと思っていたから」

「ご配慮、感謝します」


言葉少なながらも、フーリェンの声には微かな柔らかさが宿っていた。その声にルカの頬がさらに緩む。


「じゃあ、今日はこのまま解散にしようか。無理せず、明日に備えて休むように」

「「はい」」


ぴたりと揃った返事。それを耳にした祭事官が、思わず「ふふっ」と小さく笑った。ウェディング祭まで、残すところ数日。西の空はすでに赤紫へと傾き、王宮の屋根越しに、最後の陽光が回廊を照らしていた。夕刻の陽が二人の白髪を淡く色付け、金糸のように煌めいている。


双子は顔を見合わせると、揃いの琥珀色の瞳を細め、小さく笑った。

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