演武候補4
王都の広場はいつも以上の賑わいで満たされていた。中央に立てられた掲示板の前には人だかりができ、誰もが一様に前を覗き込んでいる。
「今年の展示演武の詳細、ついに出たってさ」
「おい見ろよ。第四軍の隊長、やっぱり選ばれてるぞ」
「第一王子直属護衛のジンリェンも出るって! 兄弟演武か!」
熱気溢れる民たちの裏。王宮内の掲示板もまた、似たような騒がしさに包まれていた。
「今年は双子で演武かぁ」
「というか来月の祭りの警備って、その分人手取られるんじゃ……」
そんな兵士たちの声を遠巻きに一瞥すると、フーリェンはそそくさとその場を離れた。その顔はいつも通りの無表情ではあるが、内心では深く溜息をついている。耳に届くのは、祭りや演武への期待の声ばかり。
階段を一段ずつ踏みしめながら、フーリェンは静かに天を仰いだ。
(……やっぱり、断っておけばよかった)
一方その頃。王宮の奥、緩やかな日差しが射し込む一室では、アルフォンスが机に肘をついたまま窓の外を眺めていた。その向かいには、腕を組んで立つジンリェンの姿がある。
「騒がしくなってきたな」
「ですね。掲示板前、昼には通れなくなりそうですよ」
「だろうな。お前たち兄弟が並ぶとなれば、話題にもなる」
ジンリェンは面倒そうに鼻を鳴らした。
「本当に、フーのやつが言い出したんですよ。俺はそもそも出る予定じゃなかったんですから」
「聞いている。ルカから回ってきた」
アルフォンスの声は淡々としていたが、底にはどこか優しさがあった。
「……ここ最近、フェルディナは多くの問題に向き合ってきた。祭りの演武は、王都の民にとっては平和の象徴だが、それを見せる側はそれ相応の覚悟がいる。これでも、私はそれを知っているつもりだ」
「……」
「だがそれでも、お前たちが並んで立てば、兵と民の境が近づく。それができる者は、そう多くはない」
そう言って笑う主人を前に、ジンリェンは黙り込んだ。そしてわずかに視線を伏せ、ため息をつく。
「本当に、兄弟揃って説得だけはうまいですね」
アルフォンスはその言葉に口角をあげた。
「ルカと私の共通点は、“頑固な者を動かすこと”に少しだけ長けていることだ」
「まあ、ここまできたら俺も引く気はありませんよ。どうせ出るなら、弟に恥かかせるわけにもいきませんし」
「頼もしい限りだな」
「でも……終わったら、しばらくは王宮内の見回りに回してもらいたいですね。それか、郊外にでも」
「それくらいの自由はくれてやろう」
そう言って肩をすくめるジンリェンに、アルフォンスは苦笑しながらも軽やかに言葉をかけた。窓から覗く空には眩しく太陽が煌めいている。僅かに聞こえてくる喧騒を耳に、アルフォンスは視線を手元の報告書へと戻したのだった。
そんな談笑から数時間後。王宮西棟の屋根の上。銀の瓦は陽光を弾き、あたりに白いきらめきを散らしていた。その端に腰を下ろした二つの影が、昼餉の包みを広げている。
「食堂はうるさすぎて、耳がおかしくなりそうだ」
ジンリェンは漬物をひとつ摘み上げ、溜め息混じりに言った。
「……掲示板前は朝から戦場かってくらい騒がしかった」
フーリェンは炊き込み飯の中から栗を選び取りながら、淡々と応じる。
穏やかな春風が衣の裾をはためかせる。先程昼食をとるために立ち寄った食堂の騒がしさがまだ耳の奥に残っている。始まってすらいない祭への不満とかったるさを抱えながら、フーリェンはパクリと栗を口の中へと放った。そんな弟の様子を横目に、ジンリェンが視線を斜め下に送る。
「ほら、来たぞ」
気配に気づいたフーリェンも兄の視線の先を追う。屋根下の蔦棚。その陰から、ひょいと顔を出したのは灰銀の耳。続いて、やや癖のある赤茶の髪と鋭い目つきが現れた。
「あー、やっぱりここか」
「しれっと昼飯隠れて食ってるし」
軽口混じりに声をかけてきたのは、シュアンラン。その後ろから、猫のようにしなやかな動きで姿を現したのは、ランシーだった。
「訓練場にも食堂にもいなかったから、あとはここしかないと思ってさ」
「噂は聞いてた。フェルディナの白狐兄弟、昼飯は屋根の上だって」
「……誰がそんな妙な噂流した」
「お前んとこの副隊長だ」
ジンリェンが小さく舌打ちをしたのを横目に、ランシーはフーリェンへと向き直った。
「で? 今年は二人で出るんだって」
「……ああ」
「また勝つ気か?」
「……別に、勝つとか負けるとかじゃないだろ」
「嘘つけ。お前、去年の型披露のときに兵士泣かせただろ」
「それは誤解だ」
「いや誤解じゃねぇ。あれは引いたぞ俺」
爪先でつついてくるランシーの足を払いのけつつ、シュアンランの方へと視線を向ければ、彼もまた釣られるように笑った。
「けどさ――懐かしいよな、去年の演武」
去年の展示演武はそれぞれが得意の武器を使い、一対の敵兵との戦闘を想定した型を見せる形式だった。
「お前ら、型なのにガチでやるからさ。ジンの斬撃、火花出てたし」
「あれは能力使ってるんだから当たり前だろ」
「フーの型も先の通りだし」
「……だから誤解だってば」
「それよりシュアン、あんとき――」
「あー、やめろ」
「いや言わせてくれ。氷刃の振りが勢いよすぎて、見学してた兵士が吹っ飛んだやつ。あれ、忘れられない」
「後ろの柵ごと、な」
「びっくりしすぎて拍手するの忘れたもんなあ」
「俺だって悪気はなかった……。あいつが距離詰め過ぎだったんだよ」
「見てたやつら全員、あれが演出か事故か判断つかなかったって言ってたぞ」
「“氷の衝撃波”とか勝手に名前までつけられてたよな。あのとき」
去年の惨劇を思い出したのだろう。げんなりとした様子の狼男の姿に、笑い声が重なる。フーリェンはというと、無言で干しものを口に運びながらも、その肩はふるふると震えていた。
「……笑ってる?」
「……笑ってない」
「いや、笑ってる。めっちゃ肩揺れてる。珍しいぞフーがこんな顔すんの」
「静かにしろ。喉に詰まる」
笑いとともに、穏やかな空気が流れる。会話の弾む三人の声を聴きながら、フーリェンは屋根の下へと視線を向けた。
回廊を歩く兵士たち。若い侍女の足取りは軽く、小さな鼻歌が風に乗って聞こえてくる。まだまだ準備は始まったばかりだが、きっと数日後には街は花々で埋め尽くされるだろう。花は好きだ。いい匂いがするし、見ていて心が落ち着く。華やかなことは好きではないが、みんなが笑うなら、それもまた良い。
王都では着実とウェディング祭の準備が進められていく。
ランシーの豪快な笑い声が響く。シュアンランが小突き、ジンリェンは呆れ顔でその様子を見守る。
あぁ、平和だな。
そんなことを考えながら、フーリェンは手元に残る最後の栗を口へと放り込んだのだった。




