華王都
王都の大通りはいつにも増して賑わいを見せていた。行き交う人々は朗らかに笑い、その腕には色鮮やかな花々が抱かれている。
白壁の家々には絹の旗と春草の花輪が飾られ、通りの屋台では子供たちの笑い声が跳ねる。香の店からは甘やかな果実の香り、菓子職人の屋台からは小さな火があがり、焼き菓子の煙が天へと揺れていた。
その人波の中を、獅子と狼が並んで歩いていた。隊服に身を包んだ二人は、王都内の巡回任務にあたっているのである。
「ずいぶん、華やかになってきたな」
街路樹に巻かれた金の飾り紐に目をやったシュアンランが、隣の獅子へと軽い調子で言葉を投げる。
「だな。昨日まではせいぜい花屋の店先くらいだったってのに、今朝には全通りに染め布ついてた」
「準備の早さだけは王都の十八番だな」
「確かに」
風に吹かれた花飾りが、頭上を揺らす。香草と染料の匂いが混じった、春の香りがした。向かいから歩いてきた娘たちの一団が、二人の姿を見てぱっと顔を輝かせる。灰銀の髪に鋭くも柔らかい目元。整った顔立ちと程よく筋肉のついた体躯の狼に、自然と娘たちの視線が向く。
「あっシュアンラン様……!」
「本当だ」
声をかけられる前に、軽く会釈して通り過ぎる。そんな彼女たちの反応に、隣を歩くランシーはわざとらしく鼻を鳴らした。
「やれやれ、さすが王国三大イケメンのひとり」
「……三大?」
「知らないのか? 王都で密かに囁かれてるんだぜ。氷狼・白狐・赤獅子、だってよ。お前と、ジンと、俺」
「なんだそれ。ただ直属護衛の名前並べただけじゃねぇか。しかも最後の、急に自称っぽくなるのは何でなんだろうな」
「ひど。俺一応、ユリウス殿下の直属護衛ですけど」
「それは確かに目立つが……」
「あとあれな、俺、髪が赤いから祭衣装に映えるらしい。色彩的にね。」
「じゃあ、当日が楽しみだな」
「やめてくれ。目立つのは演武係の役目。俺は茶でも飲みながら優雅にユリウス様と観客席だよ」
「……いやいや、どう考えてもお前は俺と一緒に警備係だろ」
ランシーは肩をすくめながらも、にやりと笑いながらさらに追撃を仕掛けてくる。
「なぁ、フーならどう言うと思う?」
その名を出された瞬間、眉がぴくりと動いたのが自分でも分かった。
「……無言で、苦虫を噛んだような顔してスルーする」
「だろうな! あいつ、ぜったいそう。どんだけ周りで黄色い声飛んでも、『うるさい』の一言で終わるパターン」
「……いや、下手するとそのまま立ち去ってるかもしれねぇ」
「そっちの方が傷深いな。……泣くな、氷狼」
冗談めかして笑うランシーの声に、シュアンランは小さく息を吐いた。頭に浮かぶのは、先ほどの屋根の上での光景。
隣の男に『去年兵士泣かせたろ』と笑われていたあの時も、フーリェンはほとんど反応を見せなかった。肩を揺らしてはいたが、あれは彼にとって最大限の感情表現。だからこそ、先程の想像が現実になりそうでちょっと怖い。
「今、ちょっと物思い顔だったな。フーのこと考えてただろ」
ランシーがからかうように肘で突いてくる。
「……考えてねーよ」
「嘘だ。お前、目の端がいつもフーの方向いてんの知ってるぞ。独占欲の権化か?」
「……そんなんじゃない」
少しそっけなかっただろうか。その一言に、ランシーの足がピタリと止まった。
「冗談だよ。俺ら、何年一緒に剣振ってると思ってる」
すぐに戻った屈託のない笑みに内心安心する。腹が減ったと言いながら大股で歩き出す彼を追って、自身も歩みを進めた。
それからもしばらく、軽口を言い合いながら見回りを続けた。
「それにしても、平和だな」
道行く人々の華やかな装いに目移りしそうになりながら、思わず漏れた小さな呟き。「そうだな」と返してくるランシーの声も明るい。
「平和じゃない日も、俺たちは見てきてるからな。尚更思うよな」
「ああ」
「だからこそ、こういう時こそしっかり見張らねぇとな」
気張っていこうぜ。と、尾を揺らしながら意気込む彼の声に、自然と背筋が伸びる。
色彩が生まれる。花が舞う。笑い声と陽気な音楽に、街が包まれていく。
今年の春の祝祭は、早くも花開いていた。




