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王宮の獣護   作者: 夜夢子
第3章

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祭2

白石の回廊を進んでいたフーリェンは、角を曲がった先で見慣れた顔と鉢合わせた。


「おや、フーリェン。朝からご苦労だな」


声をかけてきたのは、第二王子セオドア。そのすぐ隣には、先日まで共に戦場に立っていたシュアンランの姿がある。


「見回り中です」


短く応じるフーリェンに、セオドアはふっと笑みを浮かべる。


「掲示板は見たか? 今年も“ウェディング祭”の季節だな」


その言葉に、フーリェンの眉がわずかに寄る。陽気な音楽と踊りにあふれ、民も兵も浮ついた空気に包まれる数日間――。


「昨年の演武の反響、覚えているか? お前たちの演目が終わった後、詰所が手紙の山になったと、兵士たちがぼやいていた」


セオドアは肩をすくめ、皮肉めいた笑みを浮かべる。


「まったく、民は目が肥えている。お前たちのような護衛が未婚となれば、期待も高まるというものだ。なあ、シュアン」

「…あんなの、一時の気の迷いですよ」


話を振られたシュアンランも、前回の祭りの後の惨劇を思い出したのか、僅かに苦笑いをしている。無言で二人の会話を聞いていたフーリェンの脳裏に、昨年の記憶がよみがえってくる。


確かに、展示演武には二人とも参加していた。


無骨な剣技を見せるだけの舞台。だが観衆の熱狂、自分たちに向けられた視線と歓声は、戦場よりも厄介に感じられた。


――あれは、できればもう二度とやりたくない。


そんな思いを胸に沈めながら、フーリェンは気配を殺すように呼吸を整える。ちらりとセオドアの隣を見やると、狼は軽く肩を回しながら、どこか懐かしそうに空を仰いでいた。どうやら本人は演武そのものは嫌ではなかったらしい。


「今年の祭も、警備やら祭事の準備やらで手一杯だ。お前たちも注意を怠るなよ。王都の裏では、不穏の芽がまだ燻っている」


セオドアが声を落とす。その目は冷ややかに王都の空気を見据えていた。


「梟が調査を進めているとはいえ、侵入者が王都内に潜んでいる可能性もある。民の目が祭に向くこの時期、奴らにとっては好機だろうからな」


それに――と、セオドアは続ける。


「第七地区の動きもきな臭い…。お前の情報がどこから漏れたのか、まだ分かっていない状態だ」


その言葉に、三人の間に祭りには不釣り合いな重い空気が生まれる。


「……承知しております。王都の平和は、僕たちがお守りします」


その空気を払拭するようにフーリェンが静かに応じると、セオドアは満足したように頷いた。小さく「任せた」と目の前の白狐に告げると、歩き出す。シュアンランも一瞬だけフーリェンに目くばせをし、後に続いた。その背を目で追いながら、フーリェンは無言で二人の後姿を静かに見送ったのだった。



――――

王宮の最奥にある第一王子の執務室は、静かな緊張に包まれていた。窓際に立ち、窓の外を見下ろすアルフォンスは、指先で頬をなぞりながら、机に広げられた図面に目を落とす。そこには王宮内の通路と地下道、古い排水路の経路が細かく描き込まれている。


「……先日、俺を狙って姿を見せた侵入者が使用したと思われるのは、第六回廊。…使用人の出入りも少ない場所だな」


その言葉に、セオドアが続ける。


「痕跡は東壁の外れまで続いていたと。古い排水路から出入りした線が濃厚だな」

「……排水路は宮内でも最も警備が手薄だ。侵入口が第七地区につながっているのであれば、あそこは迷路のようなものだ。追うのも容易ではない」


アルフォンスが頷き、低く唸るように声を落とす。


「第七地区……地下に隠れ住む者がいても不思議ではありませんね…」


ルカの発言に、しばし沈黙が流れる。他国の者の手が王都の中に伸びている――その事実が、何よりも不穏だった。が、その空気を切るように、セオドアがふと軽い調子で口を開いた。


「そういえば、今朝の掲示板に随分と人が集まっていた。若い兵たちが目を輝かせていたな」

「……ああ、ウェディング祭ですね」


ルカが小さく微笑む。


「年に一度の『出会いの祝祭』……展示演武も同時に行われる。どうしても浮ついた空気になるな」

「見回り中のフーリェンにも会った。砦から帰還したばかりだというのに、例によってこの時期は落ち着かないようだ」


セオドアが笑みを浮かべて言うと、アルフォンスが書類から目を離し、口角をわずかに上げた。


「去年の展示演武では、直属護衛4人がそれぞれ単独で披露したな」

「民衆の評判は悪くなかった。特に”第四軍隊長”は、想像以上に人気者だった」


セオドアが淡々と補足する。


「……問題は今年、誰を出すかだ」


アルフォンスが言い、机に肘をついた。


「本来であれば順番通り、他の中堅に回すはずだった。だが、昨年が豪華すぎたせいで、期待値が跳ね上がっている」

「今年、彼らが出なければ民の失望を招くかもしれん……というのが祭事担当からの意見だ」


セオドアが皮肉気を込めた声音で問いかける。


「つまるところ、また誰かが“目立つ役”をやらされるわけか。誰を出す? 抽選でもするか?」

「……フーは嫌がるでしょうね…」


ルカが肩をすくめると、アルフォンスが微笑を浮かべたまま小さくうなずいた。


「……候補には入れておこう」

「兄上、それは悪趣味というものですよ」

「少しぐらい、困らせたっていいだろう?」


肩を揺らして笑うアルフォンスに、セオドアとルカがあきれたように目を合わせる。


展示演武――それは表向きには祝祭を彩る一幕に過ぎない。だが、王宮の中ではそれを巡る密やかな駆け引きが、今年も静かに始まっていた。

 

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