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王宮の獣護   作者: 夜夢子
第2章

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帰還

さらに数日が過ぎた頃、北の砦を吹き抜ける風は、ようやく冷たさを和らげ、どこか柔らかな香りを含むようになった。


フーリェンの肩の傷は、軽い運動や動作には支障がない程度まで癒えていた。治療班の判断も下り、王宮への帰還が正式に決まると、砦のあちこちから彼の帰還を惜しむ声が広がった。


荷を積んだ馬車の脇で、見送りのために集まった兵士たちが、仏頂面の白狐を囲んでいた。


「……んで、次はいつ抜け出して来るんだ?」

「は? いや抜け出してた訳じゃ……」

「ははははっ、冗談だ。どうせまた何かあれば会えるさ」

「……その時は、また顔を見せる」


言葉少なにそう返すフーリェンに、兵たちはそれぞれのやり方で別れを告げた。肩を叩き、頭を撫で回し、その大きくなった背に視線を向ける。誰も大仰な言葉は使わない。ただ、火傷のように残る戦の記憶と、それを共に越えた仲間への静かな敬意を胸に、息子も同然の彼を見つめる。


「今度はさ、みんなで酒でも飲もうな」

「それじゃまたな、フー。次はもうちょっと休めよ。……ほんとにな」


彼らの言葉に、フーリェンはこくりと頷いた。僅かに尻尾の先が揺れ、小さく別れの言葉を告げる。少し離れた場所では、二人の王子が彼らの様子を見つめていた。


「……兄上」

「ん?」

「僕は、ここに残るよ。母上のそばで、砦の復興を手伝いたい」


まっすぐに言うオリバーに、ルカは少し驚いたように視線を落とした。だが、その顔にはすぐに柔らかな微笑が浮かぶ。


「そうか。お前がいれば、母上も心強いだろうね」

「うん……僕、まだ何もできないけど、でも、それでもここで強くなるよ」


幼さの中に宿る、確かな決意。ルカはその言葉に、誇らしげな眼差しで頷いた。


「お前は、もう守られるだけの王子じゃない。自分の足で立とうとする限り、誰よりも強いよ」

「…ありがとう、兄上」


兵士たちに別れを告げたフーリェンが駆け寄ってくる。それに合わせるかのように、出発の準備を終えた馬車から御者が顔を覗かせた。


「フー、王都に帰っても、解決しなければならない問題は山積みだ……でも、」


彼はまっすぐ、フーリェンに向けて微笑を浮かべる。


「私たちの帰りを待つ者も大勢いる」


北の砦を背に、ゆっくりと馬車が動き出す。視界の隅で、兵士たちの姿が遠ざかっていく。


眩しい日差しを背に受けながら、王子と狐の護衛は再び、王宮へと出立した。



――――

夜の帳が降り、王都の灯りが静かに消え始める頃。


ルカの執務室。積まれた書類の山を脇目に、真新しい報告書を手に取ることもせず、ルカはただ静かに立っていた。遅れて部屋に入ってきたフーリェンを目にしても、すぐには言葉を口にしなかった。


「……おかえり、フーリェン」

「はい」


短いやりとりが交わされる。


「兄上たちには、北の報告はすでに通した。君の働きと……生還に、改めて礼を言うよ。長旅だったんだ。君も疲れたろう。今日はゆっくり休むんだよ」

「…身に余るお言葉です、ルカ様」

 

それでは、おやすみなさい。そうルカへと小さく告げると、フーリェンは静かに部屋を後にした。


静寂が戻る。ルカは椅子に腰を下ろし、窓の外をひととき眺めた。王宮の中庭に広がる花壇が、暗がりに揺れている。


「……ああ。帰ってきたな」


呟きは誰にも届かない。だが、それは確かに、彼の胸からこぼれた安堵の言葉だった。しかし、すぐにその表情が引き締まる。机の上の一枚の地図に、視線を落とす。王宮の見取り図――そして、王都全域の潜伏ルートを示す数本の赤線。


「フーを狙った矢は、一先ず断たれた。だけど……」


ルカは静かに、別の報告書を開いた。そこに記されたのは、王宮の回廊をすり抜けた痕跡、未確認の密偵の潜伏情報。


「“内”に潜む者たちは、まだ息を潜めている」


事が明るみになるにはまだ早い。だが、次に動く時が近づいているのは間違いなかった。窓の外では風が揺れ、先程退出したフーリェンの姿が、回廊の影に一瞬映る。

 

嵐の予兆は、静けさの中にこそ潜む。

 

だけど――


「一先ずは、私も体を休めよう」


そう呟くと、ルカは大きく背伸びをし、執務室の灯りを消した。


















再び王宮が動き出すのは、まだ少し先の話。


第二章 北の砦編  完


(過去談)

王宮の獣護-日常- ep.9子狐


(後日談)

王宮の獣護-日常- ep.7帰省

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