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王宮の獣護   作者: 夜夢子
第2章

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捕縛

西の空が白く染まる中、戦場に吹きすさぶ風が徐々に変わり始めた。焦げた土の臭いに混ざるのは、勝利の気配。シュアンランが放った氷の刃が敵の前衛を突き崩し、フーリェンの槍が、次々と敵兵たちの間を裂いていく。背後の仲間たちは、それぞれの特性を生かした絶妙な連携で、敵の突撃を押し返しつつあった。


炎を纏った豹の獣人が片腕を燃やしながら敵の重装歩兵をなぎ倒し、土を操る猪の獣人が、前線に土壁を築いて味方の退避路を確保する。小柄な鼠の獣人はその隙間をすり抜け、敵の後衛に毒を仕込んだ短剣を突き立てる。


「押せッ! 崩れてきてるぞ!」


戦況が、明確に傾いた。これまでの劣勢が嘘のように、敵はじわじわと後退を始め、その流れが逆転し始めたのが誰の目にも明白となる。


「……なぜだ……!」


遥か後方、本部から戦場を睨んでいたグレゴリウスが、苦悶の声を漏らした。密かに温存していた獣人の精鋭部隊。それが、たった一人の獣人を中心に、ここまで一方的に押し返されるなど、想定外だった。


「ありえん……我が兵は、選ばれし獣だぞ。牙を、爪を、その能能を、鍛え抜かれた……!」


だが、目の前の光景は現実だった。氷と炎、土と風、あらゆる能力が、狐を核にして渦を巻くように展開されている。すでに自軍は半数以上を失い、士気は底を打っている。


グレゴリウスは口を噛みしめた。苦渋を滲ませた声で叫ぶ。


「全軍、撤退! 戦線を離脱し、東の森へ退け!」


伝令が動き出した、その時。空が――裂けた。


「…見つけた」


上空から降下してきたのは、蒼黒の風を纏った鷲。風を切り裂く彼女の爪が、グレゴリウスの背後に突き立つ直前、地を走ったのは鮮烈な稲妻のような衝撃。


「く……ッ!」


咄嗟に回避したグレゴリウスだったが、ワンジーは即座に体勢を変え、風圧と共にその足を絡め取るようにして地へ叩きつける。


「貴様ァッ、どこから――」

「見て分からない?上からだよ」


彼女の言葉と共に、空がほんの一瞬、逆巻いた風に包まれた。そばに控えていた部下たちは、ワンジーの雷とともに地面に伏し、立ち上がる事さえ叶わない。抑えつけられたグレゴリウスはその瞳に怒りと恐怖を浮かべるが、すでに逃げ場はなかった。


**

時は遡ること数刻前――


西の防衛線の持ち直しを知らせる報告が、最奥の作戦司令室に届いたとき。女王ヘラは報告書を読み上げる伝令の言葉に、細い指を一度止めた。


「……敵軍の指揮官を確認、とのことです」

「…やっとか」


ヘラの声に、傍らで控えていたオリバーと共にワンジーの目が鋭く光る。ヘラは地図に手を伸ばすと、戦況の動きに沿って指を滑らせた。


「我が砦を随分とめちゃくちゃにしてくれたものだ。――ここで確実に捕らえる。…ワンジー」

「はい」

「お前のその翼と爪で、引きずり出してきなさい」


その言葉に、ワンジーは微笑を浮かべた。


「我が女王の命。よろこんで拝命します」


 

そして今――


西の空で風が唸る。グレゴリウスを完全に制圧したワンジーはその大きな翼をたたみ、仲間の到着を待っていた。彼女の下では、尚も諦めきれないのかその拘束を解こうと地面を這う男の姿がある。しかしワンジーはそれを許さない。大きく開いた鷹の爪が彼の肩口を掴み、肉を抉る。主犯は捕らえた。後は――残る敵兵を殲滅するだけ。


ワンジーは前方へと視線をやった。目に映るのは勢いを増した兵士たちと、その最前線で槍を振るう白狐の姿だった。

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