決戦の地と定む5
西の空が白く染まる頃、戦場に吹きすさぶ風が徐々に変わり始めた。焦げた土の臭いに混ざるのは、勝利の気配。シュアンランが放った氷の刃が敵の前衛を裂き崩し、フーリェンの槍が次々と敵兵たちの胴を貫いていく。砦の兵士たちもまた、それぞれの特性を生かした連携で敵の進撃を押し返しつつあった。
炎を纏った豹が片腕を燃やしながら敵の重装歩兵をなぎ倒し、土を操る猪が前線に土壁を築いて味方の退避路を確保する。小柄な鼠はその隙間をすり抜け、敵の後衛に毒を仕込んだ短剣を突き立てる。
「押せッ! 崩れてきてるぞ!」
戦況が、明確に傾いた。これまでの劣勢が嘘のように、敵はじわじわと後退を始める。
「……なぜだ!」
遥か後方、獣の群れの最奥から戦場を睨んでいたグレゴリウスが、苦悶の声を漏らした。密かに温存していた獣人の精鋭部隊。それが、たった一人を中心にここまで一方的に押し返されるなど、想定外のことであった。
「ありえん……我が兵は、選ばれし獣だぞ。牙を、爪を、その能力を、戦のためだけに鍛え抜かれた……!」
だが目の前の光景は現実だった。氷と炎、土と風。あらゆる能力が、狐を核にして渦を巻くように展開されている。すでに自軍は半数以上を失い、士気は底を打っている。
グレゴリウスは唇を噛みしめると、苦渋を滲ませた声で叫ぶ。
「全軍撤退! 戦線を離脱し、東の森へ退け!」
伝令が動き出したその時。空が――裂けた。
「見つけた」
上空から降下してきたのは、蒼黒の風を纏った鷹。風を切り裂く彼女の爪が突き立つ直前、地を走ったのは鮮烈な稲妻の衝撃。
「く……ッ!」
咄嗟に回避したグレゴリウスだったが、そんな彼の背をワンジーは風圧と共に踏みつけ、地へと叩きつけた。
「貴様ァッ、どこから!」
「見て分からないか? 上からだよ」
彼女の言葉と共に、空がほんの一瞬逆巻いた風に包まれた。そばに控えていた部下たちは、彼女の雷撃とともに地面に伏し、立ち上がる事さえ叶わない。
抑えつけられたグレゴリウスはその瞳に怒りと恐怖を浮かべる。見苦しくも逃げ場を失った彼は、ただ冷ややかな視線を向ける女を睨み返す事しかできないのであった。
**
時は遡ること数刻前――
西の防衛線の持ち直しを知らせる報告が、最奥の作戦司令室に届いた。
「敵軍の指揮官を確認、とのことです」
「……やっとか」
彼女の声に、傍らで控えていたオリバーと共にワンジーの目が鋭く光った。
「我が砦を随分とめちゃくちゃにしてくれたものだ。――ここで確実に捕らえる。ワンジー」
「はい」
「お前のその翼と爪で、引きずり出してきなさい」
その言葉に、ワンジーはにこりと微笑を浮かべた。
「我が女王の命。よろこんで拝命します」
そして現在——
西の空で風が唸る。グレゴリウスを完全に制圧したワンジーはその大きな翼を畳み、仲間の到着を待っていた。
彼女の下では、尚も諦めきれないのか、その拘束を解こうと地面を這う男の姿がある。しかし彼女はそれを許さない。大きく開いた鷹の爪がその肩口を掴み、肉を抉る。
主犯は捕らえた。後は――残る敵兵を殲滅するだけ。
ワンジーは前方へと視線をやった。
その目に映るのは、勢いを増した兵士たちとその最前線で槍を振るう白狐の姿だった。




