決戦の地と定む2
西側前線。
押し寄せる敵兵の波は途絶えることなく、すでに昇っているはずの光も届かない。火と血の入り混じる戦場で、砦の兵士たちは必死に持ちこたえていた。盾はひび割れ、武器は砕け、負傷者の数は既に限界に達しようとしている。
「右から三体! 狙いを合わせろ!」
「負傷者は下げろ! 立てるやつは続け!」
それでも彼らは引かなかった。
『西を死守せよ。そして敵軍の頭を炙り出し、討ち取れ』
単なる防衛ではない。女王は、この戦に勝つための鍵を彼らに託していた。敵軍を統率する指揮官。その存在がこの群れに理性と戦略を与えているのなら、そこを潰す。彼らは与えられた役を果たすために、立ち続けているのだ。
そんな中、彼らの脳裏には一人の白狐の青年の姿が浮かんでいた。
『最終防衛ラインに異形の敵兵が単独で接近。フーリェンが交戦、撃破』
兵士たちはその報せを聞いた瞬間、剣を握る手に血がにじむほど力を込めていた。熊獣人のベルナールは、すぐ隣に立つ仲間に言い聞かせるように声を張り上げる。
「下がるんじゃねぇぞお前ら! フーが命賭けてるってのに、俺たちが立ち止まるわけにはいかねぇ!」
仲間たちも無言で頷く。幼い狐の子が、怯えながらも後ろをついてきた日々。剣を持ち、仲間を守る側へと変わっていった姿。その記憶が、彼らの背中を支えていた。戦火の向こう、砦の空気がわずかに揺れ動いた。
その時――
烈風のような咆哮が、大地を揺るがした。直後、轟音と共に空気が凍り付き、戦場の一角に眩いほどの白銀の壁が突如出現する。
「なっ……!?」
敵兵の牙が目前に迫っていた若い兵士が、瞬時に数歩後退する。続いて氷の結晶が地を這うように広がり、音が止む。氷壁の向こう、雲の隙間から差し込む光を背負い現れたのは――氷狼シュアンラン。その姿を認めた瞬間、砦の兵士たちの間にざわめきが走った。
「あいつ、東の防衛組じゃ……」
「なんでこっちに」
その疑問を断ち切るように、もう一人の影が姿を現す。白の戦装束に、光に透ける白髪。そして無表情のまま敵の群れを見据える琥珀色の眼差し。
「フーリェン……?」
その姿に、兵士たちは息を呑んだ。なぜここにいるのか。なぜ、最奥を離れたのか。男たちの視線に迷いと動揺が混じる。しかしそれは一瞬のことであった。彼らはその背後にある意味を、瞬時に察した。――女王ヘラの、決断であると。
動揺が決意に変わる。背筋が伸び、目の奥に光が戻る。
その光景を前に、フーリェンは迷うことなく仲間たちのもとへと駆け寄った。視界に入るのは焼け焦げた布。血で赤黒く染まった地面。地に倒れ、呻く仲間の姿。その一つひとつが、彼の中で確かに痛みとなって積もっていく。
遅かった――
いや、違う。
間に合ったんだ。
戦火の熱と氷の冷気が入り混じるこの最前線で、彼の瞳は輝いていた。
「遅れてごめん。ここからは、僕たちも戦う」
フーリェンの短い言葉に、兵士たちはすぐに動いた。
「ベルトラン隊長、負傷者の後送を! 中堅部隊は後方へ、治療を優先させろ!」
「あぁ! 指揮権、フーリェンに移譲する!」
そう叫んだベルトランが、砕けた鎧を鳴らして敬礼を送る。
「任せたぞフーリェン……いや、フーリェン隊長」
目を細めたその老兵の言葉に、フーリェンは一度だけ頷くと、静かに背中の長槍を握った。
彼らの登場とともに、沈みかけていた戦場に再び灯が灯っていく。こうして再編成された西の防衛線に、再び息吹が宿ったのであった。




