表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王宮の獣護   作者: 夜夢子
第2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/298

集結

フーリェンは深く息をつき、片口に広がる痛みを感じながら静かに膝をついた。そのまま、ゆっくりと異形の動きを確かめた。やがて、その巨体がぴたりと動きを止め、冷たくなったことを理解する。


しかし、安堵はなかった。改めて近くで見る異形の姿は、やはり人のそれとはかけ離れている。歪な骨格、異様な再生力、瘴気を纏うその肉体。フーリェンの能力は獣の特性を模倣し、強化するものだが、これは……完全な“異質”。


(僕の能力とはどこか似ているようで違う…でも……)


思考の中で答えを探りながらも、肩は鮮血に染まり、痛みが波紋のように広がる。


その時、息を切らした足音が通路の向こうから近づいてきた。


「フー! 大丈夫か!?」


戦いの疲れをものともせず、狼の鋭い瞳はすぐにフーリェンの負傷を捉えた。シュアンランの背後からも砦の奥にいた兵士の数名が様子を見に集まってきた。一人の若い兵士が駆け寄ろうとしたが、フーリェンは片手を上げて制する。傷の痛みで顔をしかめながらも、鋭い眼差しを隣の狼男へと向けた。


「……シュアン、傷口を、氷で塞いでほしい」


フーリェンの震える声に、シュアンランは一瞬ためらったが、やがて静かに頷く。掌に淡い蒼氷が結晶し、ゆっくりとフーリェンの肩に触れた。冷気が傷口を包み込み、破れた血管を凍らせて痛みを和らげていく。フーリェンはわずかに息を吐いた。


「……少しは楽になるか?」


シュアンランの声に、フーリェンは小さく肯いた。


二人は息を整え、静かな足音を忍ばせながら砦の最奥へと向かう。


「……東はどうやって抑えた?」

「入り口ごと氷漬けにして塞いだ。通路を丸ごと凍らせれば、入ってこれないだろ?」


問いかけに、シュアンランは何食わぬ顔で答える。その言葉にフーリェンはわずかに息を呑む。彼の強さと冷静さをまざまざと実感する。


「……さすが」


フーリェンはその強大な能力と判断力に改めて感心しつつ、前を向いた。


二人の背後、


―――東の入り口は、凍てつく氷壁と数体の氷像たちが、まるで戦場の記憶のように凍りついていた。



――――

砦の中継地点――戦場の要として機能する、石造りの一室。


壁際には血と泥に汚れた地図と伝令盤が並び、無造作に打ち付けられた釘には、刻一刻と書き換えられる戦況報告が下がっている。室内の中央では、負傷兵を乗せた簡易担架がいくつも並び、医療班の兵士たちが声を張り上げながら懸命に応急処置に当たっていた。呻き声と命令、金属音が入り混じり、空気は張り詰めている。


その喧騒の只中で、ルカは一人、静かに卓に向かっていた。眉間には深い皺が刻まれ、戦況の苛烈さを如実に物語っている。背筋は崩さず、王子としての威厳を保ってはいるものの、卓に置かれた指先はわずかに震えていた。


「……東側、シュアンランによる氷結封鎖が成功しました! 侵入経路はすべて遮断されています……!」

「最終防衛ラインへ突破を試みた敵兵も、フーリェンによって討伐済みとの報せです!」


相次ぐ報告が室内に響く。


ルカはわずかに目を見開き、やがて胸の奥に溜め込んでいた息を静かに吐き出した。


「……ありがとう。二人とも……本当に、よく頑張ってくれた」


その言葉に応えるように、部屋の空気がほんのわずかに緩む。張り詰めていた緊張が安堵へと形を変える。しかし、それは束の間だった。


「――殿下!」


血に濡れた装甲を軋ませ、別の伝令兵が駆け込んでくる。青ざめた表情は隠しきれず、声音には切迫した焦りが滲んでいた。


「西側、防衛線が大きく後退しています! 敵の動きが変則化し、前衛の壁が一部崩されました! 負傷者が増え、後方支援が追いついておりません!」


その報告に、彼は無言で卓上の地図へと視線を落とした。


「……このままでは押し切られるな」


低く呟いたその直後、さらに扉が開かれる。小柄な影が駆け込んできた。腕には梟の意匠――女王ヘラ直属の伝令である。


「ルカ殿下、女王陛下より伝令です」


その言葉にルカは即座に背筋を正し、差し出された巻紙を一読した。だが、その内容を口にすることはなかった。


沈黙が落ちる。室内にいた全員の視線が、一斉に彼へと集まった。そんな彼らの視線に、ルカは感情を押し隠すように表情を整えると、静かに口を開いた。


「これより、砦内に残る全ての兵士に告ぐ。――動ける者は武器を持ち、中央広間へ」


静かでありながら、確かな重みを帯びた命令だった。


その場にいた者たちは思わず息を呑み、次の言葉を待つ。


「各部隊へ伝令を。西の壁を死守しろ。女王の命令だ」

「はっ!」


短く鋭い返答とともに、伝令たちが一斉に駆け出していく。その背を見送りながら、ルカは巻紙を握る手に力を込めた。


――女王は、ここを決戦の地と定めたのだ。

 

そして彼もまた、覚悟を固めた。


この砦で、この戦場で。

すべてを懸ける戦いが、いま始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ