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王宮の獣護   作者: 夜夢子
第2章

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東側

雲の隙間から差し始めた朝日を裂くように、数名の影が雪を踏みしめて忍び寄っていた。軍の中でも選抜された獣人。西側ではなく、東からの奇襲に回された手練れたちだ。


「このまま通路を抜ければ、砦の中枢だ」


闇の中、犬獣人の一人が耳を伏せ、先を急ぐ。手薄なはずのこの場所に、まだ敵影はない。


「……寒いな」


最前の男が首をすくめた。その言葉に、後続の者もわずかに足を止める。


「こんなに冷え込んでいたか?」


しかし、その時にはすでに遅かった。


不意に、風が止む。一瞬の静寂。直後、耳を裂く氷の咆哮が大気を満たした。


通路の奥――夜の闇に溶け込んでいた灰銀の影が姿を現す。毛皮の上衣を揺らし、赤く輝く双眸を敵に向ける狼の男。その手には氷が形を取り、太刀のように伸びていた。


「……よく来たな」


言葉少なに放たれた氷の刃は、風を裂いて敵の先頭に突き刺さる。凍結の音が走り、反応する間もなく氷は地を這い、壁を登り、侵入者たちの足元を瞬時に奪っていく。


「クッ……氷だ、離れ――!」


叫びも凍りつく。通路全体が瞬く間に白銀に染まり、数秒のうちに、侵入してきた獣人たちは氷漬けの像と化した。


シュアンランは氷霧の中をゆっくりと歩み出る。彼の足音だけが、氷に響く。


「……まさか、当たるとはな」


女王から託された密命は、“おそらく”という前置きがついた東の防衛。その言葉通り、数名の敵が東からも侵入してきた。目を伏せるように呟いた後、シュアンランは肩を回すようにして氷の霧を一息に払う。


その瞬間、氷霧の静寂を破るように、再び空気が軋んだ。


凍結された先行隊の後を追うように、新たな敵影が東からなだれ込んでくる。仲間の無惨な姿など目もくれず、異様な熱気と殺気だけを振りまいていた。全員が野性味を剥き出しにし、牙を剥いて突進してくる。もはや隠密など眼中になく、完全な力押しの突撃だった。だが、その先に立つ男の姿を認めた瞬間、一瞬だけ殺気が揺らいだ。


「狼の――」


言いかけた声が、凍気に呑まれて消える。刹那、銀の閃光が通路を切り裂く。シュアンランはすでに動いていた。片手に携えた長大な大太刀刃は、氷と風を纏いながら敵兵の武器ごと防御を砕き、反撃の隙さえ与えずに切り裂いていく。


「甘いな」


短く吐かれた声とともに、氷の結晶が空中に舞う。敵兵の一人が跳躍して背後を取ろうとした瞬間、背後にまで回り込んでいた氷の刃が彼の足を撃ち抜く。膝をついたところを、大太刀が無言で振り下ろされた。氷と斬撃の奔流が次々と敵を討ち、通路に転がるのは武器と呻き声だけ。


だが――その混乱の中、ひときわ異質な気配がひとつ、北風に混じっていた。


シュアンランが気配を察知して振り返るよりも早く、通路の壁から“それ”が躍り出る。


全身を黒く硬質な鱗に覆い、片目だけが異様に肥大化した異形の獣人。俊敏さは常軌を逸しており、氷の罠をすり抜けると、壁を蹴って天井に這い上がるようにして移動する。


「――くっ!」


氷を飛ばすも、ひらりと躱された。異形の男は振り返ることもなく、天井伝いに砦の奥へと跳躍していく。その方向は、最終防衛ライン――フーリェンのいる場所だった。


「……!」


追おうと踏み出しかけたシュアンランだったが、通路に残った数名の敵兵が最後の足掻きとばかりに突撃してくる。


「行かせるわけには……!」


大太刀が唸りを上げて振るわれ、氷柱が再び敵の足元を封じていく。


だが、その一瞬の遅れが決定的だった。異形の男は、すでに視界から消えていた。


歯を食いしばりながらも、シュアンランは伝令を聞きつけてやってきた砦の兵士たちに指示を飛ばす。


「東、掃討優先。最奥には……伝令を」


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