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王宮の獣護   作者: 夜夢子
第2章

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女王と兵士

女王ヘラの執務室には、冬の冷気が静かに満ちていた。大理石の床の上には分厚い毛皮が敷かれ、中央の長机には王国各地の地図と報告書が広げられている。ヘラは王都からの密書を静かにで読み終えるとゆっくりと視線を上げ、集まった者たちを見渡す。目の前では二人の王子が固唾を飲んで、ヘラの様子を伺っていた。壁際にはフーリェンとベルトラン、そしてワンジーが揃っている。


「……王宮は決断した。ここ北の砦を囮とし、敵を誘い出すと」


重々しいその声に、一同の表情が変わる。フーリェンはわずかに目を細めると、その視線をヘラへと向けた。彼女は手にした文書を軽く掲げ、机の上に置く。


「“狐の護衛が北へ送られた”という情報が出回っているようだ。その真偽はともかく、敵は既にここを狙っている」

「――賭けですね」


ルカが低く呟く。


「あぁ、だが無謀ではない。この砦は王国でも屈指の要塞。何よりここは、私の領地。敵が容易に踏み荒らせる場所ではない」


その声には、女王としての誇りと強い確信があった。


「…守りの体制はどうなっていますか」

「十分とは言えない。だが、この砦には戦火をくぐり抜けた兵たちが揃っている。戦術地形にも精通しているし、物資の備蓄も十分だ。決して敵の好きにはさせない」


ルカの静かな問いかけにそう言い切ったヘラは、壁際で静かに話を聞いていたフーリェンへと向き直った。


「フーリェン。お前が狙われることは、おそらく確実だ。だがそれを逆手に取る。……覚悟はあるか?」

「……心得ております。女王陛下」


女王からの力強い問いかけに、彼ははわずかに顎を引くと、静かに応えた。その言葉にルカの目は一瞬揺れたが、何も言わなかった。ヘラは満足げに頷くと、扉の方へと視線を向ける。それに合わせたかのように、扉の外から控えの声が届いた。


「女王陛下。砦の兵士48名、大広間にて待機。ご指示を」


ヘラは小さく微笑んだ。


「……すべてが揃ったな。これより、この砦を囮とする。だがただの囮にはならない。奴らを引きずり出すための牙を隠した餌だ」


窓の外では、北の曇天に砦の旗が重く翻っていた。雪混じりの風が吹く。窓を叩きつけるその音に呼応するかのように、獣護たちは静かに、決意を固めるのだった。

 

――――

北の砦・大広間。厳寒の石造りの空間に、凛とした空気が張り詰めている。重厚な甲冑を纏った砦の兵士たちが、整然と整列していた。彼らは皆、歴戦の戦士。幾度もの防衛戦を勝ち抜いてきた精鋭たちであり、その眼差しには気負いも浮つきもない。ただ、次なる命令を静かに待ち受ける鋼の意志が宿っていた。


やがて扉が開き、ヘラが入室する。黒銀の毛皮をまとったその姿は、まさに“女王”の威を体現していた。


兵たちは一斉に片膝をつく。甲冑のぶつかる音が低く響き、すぐに静寂が戻る。


「顔を上げよ」


女王の静かな声に従い、兵士たちは直立する。その姿を静かに見つめながら、ヘラは壇上に立つと、ゆっくりと口を開いた。


「王都から密書が届いた。ここ北の砦を囮とし、敵を誘い出す――この地を此度の戦の渦中とすると」


一瞬の沈黙。だが兵たちの表情に動揺はない。


「敵の狙いは、“一人”だ」


ヘラは背後に立つフーリェンへと視線を向ける。


「みなもよく知るだろう。彼は王家に仕える獣人にして、特異な能力を持つ。その能力に目を付けた敵が、彼を奪い、あるいは殺そうと動いている」


兵たちの視線が僅かに鋭さを増す。だが、誰一人声を上げる者はいない。ただ、フーリェンを中心とする気配が、重く空間に広がっていく。


「――だからこそ、この戦はただの防衛戦ではない」


ヘラの声が強まる。


「これは、敵の牙を炙り出す戦だ。お前たちの任務は、砦を守ることに加え、この者を決して敵に渡さぬこと」


女王はは一歩踏み出すと、自身の兵たちを見渡す。


「我々は“囮”ではない。牙を隠した獣だ。敵がこの地に足を踏み入れるのならば、全霊をもって迎え撃つ。――その覚悟を、今ここで示せ」


兵士の一人が、静かに拳を胸に打ち当てた。それに呼応するように、次々と同じ動作が広がっていき、無言のまま、全員が女王にその決意を示していく。ヘラはそれを見つめると、静かに頷いた。


「それでこそ我が兵士たちだ。今宵からは、全ての哨戒を倍に。補給経路の再確認と、砦外周の罠設置も並行して行え。敵は早ければ、数日中に姿を見せるだろう」

「現状では敵の数は計り知れない。だが――存分にもてなしてやれ」

「「女王のお心のままに!」」


その言葉を合図に、兵たちは動き出す。足音と甲冑の擦れる音だけが響く大広間に、決戦の空気が静かに満ちていく。壇上に残ったフーリェンはわずかに拳を握り、窓の外を見やる。ちらちらと振り続ける雪たちに、まだ戦の影はない。はぁ、と。緊張する鼓動を落ち着けるために、小さく息を吐く。白い息がひとすじ、氷のような空へと消えていった。

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