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王宮の獣護   作者: 夜夢子
第2章

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報せ

午後の陽光が北の砦を照らし、訓練場の遠くでは兵士たちの掛け声が響いていた。だがそれとは対照的に、執務室の中は沈黙と緊張が支配していた。


室内には、女王と二人の王子。その静寂を破るように、一羽の鴉が開かれた窓の滑り込むようにして舞い降りた。


一切の風音もなく執務室の床を踏んだ鴉の首元には直属護衛の紋が光る。漆黒の羽を折り畳み、静かに女王の御前に現れたワンジーは、冷たさを孕んだ声音で、淡々と報告する。


「王宮、アルフォンス第一王子より、緊急伝達でございます」


その声にルカとオリバーが姿勢を正す。ヘラは静かに頷くと、従者へと続きを促した。


「報せよ」

「本日未明、アルフォンス殿下が王宮内にて襲撃を受けました。襲撃者はジンリェンによって即座に排除され、負傷者はありません」

「兄上が……」


ルカの声が低く唸る。オリバーは驚きに目を見開いた。

 

「襲撃者の身元は不明。ですがその奇襲の動きから、内部構造を熟知していた可能性が高いと見えます」

「……つまり、内部からの情報漏洩か。兄上たちの予想通り、王宮内に裏切り者が?」

「現在、一部梟も合流し、宮内の記録を洗い出し中です」

「ジンリェンは?」


ヘラが問う。


「護衛任務継続中。殿下の警護を最優先とし、王宮外への接触は控えております」


ルカは腕を組むと、深く思案するように眉をひそめた。


「情報が漏れた経路がどこなのか。誰が何を動かしているのか──。一度整理する必要がありそうですね」

「この件は極秘指定。フーリェンには、限定通達を行います。ご指示を」

「…いい、フーには私から伝えよう」


そのまま、ルカが言葉を続ける。


「兄上を守ったジンリェンにも感謝を」


ワンジーは一礼するように小さく羽を広げると、再び静寂の中へと消えていった。





ーーーー

北の砦、訓練場。乾いた土の匂いと、兵士たちの呼吸音が交錯する中──。


「……もう少し、肩を開いて」


フーリェンは静かにつぶやく。目の前には、上着を脱いだ虎獣人の兵士が立っている。陽光を受けた筋肉の動きに、フーリェンは無言で視線を這わせた。


「うん。そのまま。……左腕、外側に回して?」

「お、おう」


兵士が笑っても、フーリェンは表情を変えずに首をかすかにかしげただけだった。


「うーん……、」

「ははは、隊長さんともあろうお方が、むさくるしい男の筋肉を真剣に見るなんてな」

「昔……王宮でも、よく見せてもらった。いろんな体のつくり」


そう呟いて、ゆっくりと左腕を上げる。骨の位置をなぞるように指を動かしながら、腕から肩周りにかけて再現していく。筋肉の流れがなめらかに変わり、腕の太さが虎に近いものへと変化する。


「……ただ、どう頑張っても一度に模倣できるのは一種類だけだから、たくさんの骨格を同時にとかは、やっぱり無理…」

「なるほどな。だからいろいろ切り替えてるんだ」


周りで様子を見ていた男たちが感心したように頷く。


「……動いて、触って、覚える。繰り返し」


今度は熊の兵士が入れ替わり、黙って背中を見せる。フーは何も言わずに近づき、指で筋の起点を探るように肩甲骨の上をなぞった。


「……力、ここと、ここに集まる?」

「おう。殴る時は、そこから全部使う」

「……なるほど」


短く頷いたフーリェンは、すっと背筋を伸ばした。次の瞬間、その身体は徐々に厚みを増し、熊の力強い骨格へと近づいていく。


「……どうだ?動かしにくいか?」

「少し、重い。でも……大丈夫」


言葉を選ぶように、ぽつりぽつりと答える。その様子を見ていた豹の兵士が、にやりと笑いながら声をかけた。


「懐かしいな。ちっこかった頃も、そんな感じでよく言ってたよな。“ちょっと動いて、ここ、見せて”ってさ」

「……うん。みんな、よく付き合ってくれた」


そう言って、フーリェンは僅かに目を細めた。笑っているような、穏やかな目。成長しても変わらないその瞳の奥の表情に、兵士たちの目元も自然と弛む。


「じゃあ、次……。お願い」

「へいへい、任せなって」


兵士が軽く跳ねるように立ち位置に入ると、フーリェンは再び、無言でその骨格に目を凝らした。

 

──その時だった。


「フーリェン殿!」


訓練場の門の方から、伝令の兵が駆け込んでくる。


「第四王子殿下がお見えです……!」


その声に、フーリェンは即座に立ち上がった。変化した身体を一瞬で元に戻すと、仲間たちに小さく一礼する。


「ありがとう。また、後で」


それだけを告げて、足早に砦の奥へと向かっていった。残された兵士たちはしばし無言でその背を見送ったのち、ぽつりと誰かがつぶやく。


「……やっぱ、あいつは昔から、変わらねえな」


まるで職人のように無言で技を磨き続ける狐の背が、訓練場の光と風の中に溶けていった。


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