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王宮の獣護   作者: 夜夢子
第2章

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昼の日差しが窓の外の訓練場を明るく照らしていた。


女王ヘラの執務室には、わずかに開かれた窓から剣戟の音と掛け声が、風に乗って届いてくる。ルカは窓辺に立ち、訓練の様子を見守っていた。隣の椅子にはオリバーが座っており、窓の外に釘付けになっている。その視線の先には――兵士に混ざって剣を振るうフーリェンの姿があった。


長い訓練の最中であるはずなのに、彼の動きは寸分の乱れもない。確かに額には汗が滲んでいるがその身からは疲れの色は感じられず、むしろ冷静で研ぎ澄まされた気配だけが伝わってきた。剣を振るうたびに風が鳴り、兵士たちの空気が引き締まる。


「……疲れてないのかな。あんなに動いてるのに」


ぽつりと呟いたオリバーの声に、ルカは柔らかく目を細めた。


「疲れてないはずがないよ。でも、あの子はそれを見せようとはしないんだ。みんなの前ではね」

「……どうして?」

「どうしてだろうね…。でも、それがあの子らしいといえば、らしいかな」


オリバーは何も言わず、再び窓の外を見つめた。


少し離れた場所から様子を伺っていたヘラも、手にしていた書類を一度伏せて静かに視線を王子たちに向けた。


「こうして隊長が身体を張れば、自然と兵士の士気も上がるというもの。いい傾向だ。……統制が取りやすくなる」


冷静な分析に、再び視線をフーリェンに向けたオリバーは、少しだけ眉を動かした。


すごいな、本当に。ポツリと、心の中で声が漏れる。視線の先では、剣を収めて動きを止めたフーリェンが、一歩、ゆっくりと歩みを進めた。肩で呼吸をしながらも、その目はまっすぐで、焦点は一切ぶれていない。


「……守ってくれる、と思っていいのかな」


ぽつりと漏れたオリバーの呟きに、ルカは彼の肩に手を添えた。


「うん。お前が信じてくれたら、彼らはどこまででも強くなれるよ」


静かなその言葉に、オリバーはしばし黙ったあと、小さく頷いた。


「……じゃあ、ちょっとだけ、信じてみる」


ヘラは何も言わなかったが、その瞳にわずかに柔らかい色が差した。室内に流れる空気が、少しだけ、温かさを帯びる。


窓の外、風に揺れる白狐の尾が、また剣と共に舞い始めた。



――――

場面は変わって、王都・路地裏


喧騒に包まれた王都の空気の中で、どこか静まり返った一角があった。陽が傾き始めた夕刻、外套に身を包んだジンリェンは、路地裏の影から都を見渡していた。彼の鋭い目が、一瞬立ち止まった若者の挙動を捉える。すぐに歩みを止めることなく距離を詰め――だが、追うに値せぬと判断したのか、わずかに首を振って視線を逸らす。


「……陽動か。雑だな」


誰にともなく漏らした声は、冷たく低い。ここ数日、王都では「見えざる何か」がじわじわと動いている。住民に紛れて出入りする見知らぬ顔、妙な時間に交わされる取引、そして王宮周辺に漂う異様な気配。それらを確かめるべく、彼は王都の裏路地を一つひとつ巡回し、情報の断片を拾い集めていた。本来目立つはずの白髪は、特殊な染料で黒く染めてある。耳の形も、フードの奥に隠していた。


(……フー。おまえが安心して戦えるように、俺はこっちを片付ける)


微かに笑んだ口元には、兄としての気配が滲んでいた。




――――

一方王宮では、アルフォンスが静かに動いていた。場所は西塔に隠された古い書庫――王国の諜報資料が保管された場所で、彼は一枚の資料を見つめていた。


「……この記録、“閲覧者不明”か。随分と手が込んでいる」


ぼそりと呟いた彼の手には、古びた閲覧記録と、手書きで書き換えられた諜報報告の控え。


「王宮内に協力者がいる。確実に。それも、三年以上前から」


外からの動きと、内側の情報漏洩。どちらかだけなら、操作はできる。だが両方が重なっているなら……これは、ただの反乱では済まない。誰かが、国家そのものを内部から崩そうとしている。アルフォンスは静かに本棚の奥から古い暗号文書を抜き取り、手の内に収めた。




 

――――

王都から少し離れた荒野。月光に照らされた大地の真ん中で、ジンリェンは静かに外套を脱ぎ捨てる。


「…狩られる覚悟ができているなら、来い」


音を立てずにジンリェンの背後に現れたのは、黒衣に身を包んだ数人の影。顔の下半分は覆われ、目だけがぎらついている。


「……王都に入り込んで何日経った? もう飽きただろ」


挑発めいた声に、黒衣の一人が一歩、静かに前に出た。


「直属護衛のお前が、まさか自ら現れるとはな」

「上等の獲物が釣れるなら、こちらから網を張るのも悪くない」


次の瞬間、ジンリェンの周囲を囲むように、さらに数名の影が現れる。声も発さないそいつらに関しては、男か女かすらも判別できない。


それでも――


「……足音が軽すぎる。剣を使わない想定で来たか? 舐めてるな」


ジンリェンの背中で、槍の柄に彫り込まれた紋様が淡く紅く光る。それと同時に、彼の足元から赤い炎が立ち上がり、槍に沿って燃え上がる。


「……槍か。近づけなければ問題はない」


そう吐き捨てるように言った黒装束の一人が、素早く空中に手をかざす。瞬間、空間がひしゃげたように歪み、無数の刃がジンリェンの周囲に出現した。


「…遅いな」


一閃。一歩踏み込んだだけで、槍先から放たれた炎が突如出現した刃を一掃するほどの烈風と熱波を生み出し、周囲にいた三人を一瞬で吹き飛ばした。


「この威力……」

「炎の操作にしては、精密すぎる……!」


槍の穂先にはまるで生き物のように炎が巻きつき、尾を揺らしている。それはただの“槍”ではなく、彼の能力と完全に融合した“炎の槍”だった。光が爆ぜる。炎に合わせて滑るように駆けるその動きは、まさに焔を纏う獣のようで。対する黒装束たちは連携して能力を放つ。途端にジンリェンの足元が歪み、重力で動きを封じようと力を集中させる。


「無駄だ」


彼の一歩で地面ごと熱が爆ぜ、敵の能力の中心が崩壊する。炎を纏った槍が大きく旋回し、次の瞬間には鮮血が舞う。紅い光が槍から消え、火の粉が空に吸い込まれていく。


「……もう少し手応えがあると思ってたんだがな」


ジンリェンは息を整えることなく、己の能力で燃え尽きた獣人たちを見やる。


「さて、取り敢えず一つ潰してみたが…敵はどう出る…?」


くるりと片手でひと回転。槍を肩に担いだジンリェンは闇の中へと歩き出す。背後ではぱちりと骨が碎ける音が鳴る。荒野に残されたのは炭化した生き物の死骸のみ。しかしそれも、強く吹いた風に乗って散っていった。

 

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