梟
【登場人物】
ワンジー…女王ヘラの直属護衛にして現王国唯一の女性の直属護衛。
【世界】
梟…女王ヘラが動かす影の組織。主に鳥類の獣人によって構成された部隊で少数ながらにその情報網は計り知れない。女王ヘラの直属護衛であるワンジーが指揮官を務めている。
ヘラは窓辺に立ち、細い金属線に軽く触れる。部屋の壁には一面に古地図や過去の戦況図が張り巡らされ、中央の机には手紙や報告書が山のように積まれている。どれもこの砦を中心に動く影の兵士達によって集められたもの。それらを一瞥すると、ヘラは力強く背後へと言葉を発した。
「……梟を動かし、王国内の動きを逐次拾わせろ。特に“第七地区”の過去と、フーリェンについて掘り返している者たちだ」
「ワンジー、動ける者を選べ。報告なしに動く影があるなら、すべて追え」
「承知しました、陛下」
ワンジー──漆黒の髪を後ろで束ね、背には大きな猛禽類の翼を携えた女が、恭しく一礼する。その目は氷のように冷たく、しかし女王の命に忠実な焔を秘めていた。
「梟は既にいくつかの痕跡を掴んでおります。最近、アスランから来た旅人の中に、身元の怪しい者が紛れていたようです」
「南とのつながりは?」
「恐らく。アスランとオルカの両方の言葉を操る者が、北の交易に紛れ、情報を抜いていたようですね」
「……我らが静観していれば、やがて種火は王都に届く。先に息の根を止めろ」
「梟を全域に飛ばします。情報は逐一こちらに」
ワンジーの背後に、三人の仮面の情報官たちが音もなく控える。ワンジーの合図に、彼らは即座に影のように砦を離れ、静かに散っていく。ヘラは窓の外に目を向けた。白く閉ざされた北の空に、どこか嫌な予感が漂っていた。
「…奴らはまた、忌まわしい“過去”に触れようとしている。ワンジー、次に手を伸ばされたら……容赦は不要だ」
「仰せのままに、陛下」
彼女は音もなく踵を返し、冷気とともに闇の中へと姿を消した。
ヘラは静かに宣言する。
「北の梟はすでに飛び立った。これで、影で動く者たちの所在も明らかになるはずだ。お前たちはそれまでに準備を整えろ。……戦が始まるだろう」
一拍おいて、ヘラはルカへと向き直る。
「ルカ。お前も共に戦うことになるはずだ」
「覚悟は出来ています、母上」
「その心得だ。……さて、この問題についてはしばし時間がかかる。それまでは、この北の大地で体を癒せ」
「そうだ、フーリェン」
思い出したかのように、ヘラはふとフーリェンを見つめた。
「私の兵たちがお前に会いたがっている。…明日から訓練に加わり、鍛錬をつめ。……あいつらにお前の顔を見せてやらんとな」
その言葉に、フーリェンははっとしたような顔でルカを見た。ルカはくすりと笑うとしっかりと頷く。
「会っておいで。きっと、みな君に会いたいはずだ」




