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王宮の獣護   作者: 夜夢子
第2章

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北の砦

【登場人物】

ヘラ…フェルディナ王国女王。アルフォンス、ルカ、オリバーの実母にして北の大地を治める。国王とは10年前に死別。その後、王子たちが成人するまで一人で国を支えてきた。

北の砦――最上階


石造りの重厚な回廊を抜け、三人は女王の待つ北の砦の最上層へと辿り着いた。警備を担当する若い兵士に案内され、堅牢な扉の向こうへと足を踏み入れる。


暖炉の赤い炎が静かに揺れる部屋の奥。背を向けたまま、分厚い地図を前に両手をついていた女が彼らを出迎えた。


「……ようやく来たな。ずいぶんと遅かったじゃないか、ルカ」


その声音は女性にしてはやや低く、くぐもっているのに、どこか温かみがある。その声に呼ばれるようにルカは一歩前に出ると、すっと目の前の女へ向かって頭を下げた。


「母上……お元気そうで何よりです」

「こんな山奥で腐ってるだけさ。だけど、退屈はしない。東は妙な動きがあるし、西もきな臭い。アスランとの交易は繋がっているが……お前たち、また厄介ごとを背負い込んできたな?」


そう言ってようやく振り向いた女王――ヘラの目は鋭く、そして笑っていた。髪は無造作に結い上げ、身なりも飾り気がない。だがその佇まいには、王宮の誰よりも濃密な「権威」があった。彼女はちらりとルカの後ろを見やる。


「さて、そこの狐子は確か…」

「……お久しぶりでございます、女王陛下」


フーリェンが礼式のもと深々と首を垂れると、女王はまじまじとその姿を見つめた。


「フーリェン、見ないうちに大きくなったな」


少しだけ瞳が細められる。そこには、母性でも情でもない、“見届けてきた者”としての静かな眼差しがあった。


「この数年、活躍も耳にしている。私の目に狂いはなかったな」

「あの時の御恩、決して忘れておりません。あの頃の僕は、自分が何かすら分かりませんでした」

「分かっている。お前の能力は……あまりに不安定だった。誰も制御の仕方なんて分からなかったし、何より、お前自身が怖がっていたからな」


フーリェンの唇が、微かに震える。


「―あの時のお前には、『殺される覚悟』があるのも分かっていた。でもだからこそ、私は“生かせ”と命じた。人は、覚悟を持つ者にしか未来を託せない」

「……僕は、まだその未来に応えられているのか、自信はありません。でも、ルカ殿下に剣を捧げたことに悔いはありません」

「言うようになったな。まるで兵士の模範回答だ」


女王は口元をほころばせ、手を振って笑った。


「座れ。話はたっぷりあるんだろ? オリバーも、こっちに来なさい。私に顔を見せておくれ」


オリバーが緊張した面持ちで近づくと、ヘラはその頭を軽く撫でた。


「……お前も、大きくなった。今のうちにいっぱい食べておきなさい。王子なんてものは、やせ細ってちゃ務まらない」


ヘラはゆっくりと皮の椅子へと腰掛けると、暖炉にくべられた薪の音に耳を傾けながら、ルカへと視線を向けた。


「さて。私にわざわざ会いに来たってことは……王都の中で、誰かが“過去”を嗅ぎまわっているな?」

 

ルカとフーリェンは、目を合わせた。


「……はい。南と西の勢力が連携し、異形の兵を造り出しています。更に……フーリェンとジンリェンの過去に関する情報が、何者かの手に渡りつつあります」

「…第七区域の記録か」


女王の目がすっと細まる。


「……忌まわしい土地だった。あの一帯は、獣人というだけで“物”として扱われていた。王家の私でさえ、それを全て救い上げることはできなかった」


独り言のようにそう呟くと、ヘラはフーリェンへと言葉を投げた。


「いいか、フーリェン。過去は決して消えない。だが、それを背負ったお前が今、誰のために立っているか。それが重要だ」

「…はい」

「ルカ、お前の大事な護衛を戦火の中心に置くことになるやもしれん。お前も、“王子”の顔を見せるんだ」

「覚悟はできています、母上」


母の鋭い言葉に、ルカは少しだけ笑って真っ直ぐにうなずいた。

 

暖炉の火が、ぱちりと音を立てた。

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